長嶋茂雄さんの逝去もあり、「人はどう死ぬかより、いかに生きたか」みたいな難しいことを考えていたところで、今日がアントニ・ガウディの命日だと知りました。
ガウディと言えば、サグラダ・ファミリア。この教会の工事が始まったのは1882年3月。その翌年、当時はまだ無名に近かった31歳になるガウディが二代目主任建築士に就任。それから142年を経ても完成に至っていないことが、この建造物の魅力のひとつとして語られていますよね。
ガウディが亡くなったのは、約2週間後に満74歳の誕生日を迎えるはずだった1926年6月10日。ミサに向かう途中の段差につまづいて転倒したところにレールがあったようで、運悪く通過した路面電車に轢かれたそうです。しかも晩年はいで立ちがラフ過ぎたため浮浪者に間違われ、手当てが遅れたらしい。
そんな死の瞬間だけに絞れば、いくつもの残念が頭を過ることになります。しかし僕が説明するまでもなく、詳細な設計図はガウディの頭の中にしかないとされた壮大な教会の建築は、幾多の困難を乗り越えて現在も続いているわけです。その理由は、ガウディが思い描いたサグラダ・ファミリアを誰もが見てみたいからに他ならないでしょう。
それほどの歴史的アイデアを、次世代とともに達成させる遺産として残した。それがガウディの生きた証なんですよね。ある資料によると、彼は亡くなる直前、サグラダ・ファミリアの彫刻師にこんなことを言ったそうです。
「とてもいい話がある。明日話すね」
その話が何だったかは不明のまま。けれどサグラダ・ファミリアに埋葬されたガウディは、それを伝えるタイミングをずっとうかがっているのかもしれない。あるいは、工事に携わった人々もそれを聞きたくて現場に通い続けているのかもしれない。
どんなに時が過ぎても想像力を掻き立ててくれるのは、やはり人が生きている間の言動なんですよね。僕がガウディにも長嶋さんにもなれないのはわかりきった上で、さて何をすべきか。考えたところですぐに答えは出ません。何しろ極めて難しい問いなので。

また始まるらしい。今度は醜い眺めにならなきゃいいけれど。
