そんなわけで今日から7月。ということは、昨日で6月と、今年の半分が終わりました。そうした節目を迎えると、「気がつけば」などという枕詞を使いたくなるのは、無為に過ごしてしまった日々への後悔を帳消しにしたいずるさが顔を出すからでしょうか。
などと重箱の隅を突くようなことを言うもんじゃありませんね。きっと誰もが、できれば毎日を充実させたいと願っているはず。しかし現実は、止む無く誰かの都合に押し流されたり、それを言い訳に自分のやるべきことを先送りにしてみたり。そんなことが繰り返されているうちに、それこそ「気がつけば」浪費の果てに1年の半分が過ぎている、ような気分になってしまう。
けれど、こうも思うんです。本当に毎日が充実してしまったら、それはそれで相当に疲れるだろうと。そしてまた現実は、1日1回くらいは心持ち次第で楽しい気分になれる瞬間を用意してくれるものだし、よくよく振り返れば、それなりに充実感を覚えた出来事もあったはずですよね。
陰も陽も、明も暗も、要はバランス。いろいろあって半年が終わり、たぶんまたいろいろあって今年の終わりを迎えることになるのでしょう。できればそれを、単なる気のせいにせず過ごせたらいいなと。以上は自分への戒めです。
夏至から数えておよそ11日目の今日は、半夏生。夏至は、古代中国で発明された暦の二十四節気のひとつ。それを日本に当てはめたとき、より国内の農耕や暮らしに合わせようと、二十四節気を3倍に膨らませ細分化した、七十二候が設けられました。そこに入るのが半夏生です。読みは「はんげしょう」。そろそろ梅雨が終わるので、遅くともこの時期までに田植えを終わらせろという注意喚起の意味合いがあったそうな。
こうした古の暦は、毎日何かを書くため必死でネタ探ししている者だけが知っていればいいことかもしれません。それよりも今の関東に住む僕らは梅雨明けがいつになるかが気になるし、あるいは全国民的に、この夏がどれほど暑くなるかが心配です。猛暑はあらゆる充実感の敵だからな。なので7月に対しては、もはや字面通りに心から半夏を期待したいところです。お願いね。

この雲が何を予兆しているかは知らないけれど、涼し気に見えるだけで救われるなあと。
