つい最近、僻地と呼ぶにふさわしいアマゾン川流域の小さな村を取材したテレビ番組を見ました。ちょっと興味深かったのは、その村でもAmazonが利用できるか聞いた場面です。
答えは、直接配送不可。ただし、確か往復で1日かかる大きめの町なら可能なので、何かあればその町に住む親戚を頼るらしいんですね。大きな町まで荷物が届くのは数日。そこにプラス1日で、中央と同じ商品を手にすることができる。こういうのは20年前じゃ考えられなかった利便性なのでしょう。
そんなこんなで、僕ですらネット通販を利用するわけですけれど、悩ましいケースに遭遇することが少なくありません。直近は野球用のバットでした。道具の類は自分の感覚との相違が重要なので、実際に触れた上で選びたい。ただし今回の場合は、チームメイトが使っているものを求めたのでスペックがわかっていました。
となれば、どこで買ってもいい。しかし僕の心は揺れるのです。
「たとえ同じ製品でも、商品知識に満ちた専門店のスタッフから買いたい。もし顔なじみになれたら、それ以外の道具の相談に乗ってもらえるかもしれないから……」
そうして仲間内でも信頼が厚い店に行ったのが7月末。その時点ではメーカーでも欠品中。入荷したらショートメールをもらう約束をしました。8月に入っても連絡が来ないと心配していた矢先、チームメイトからLINEが「ネットに出始めましたよ」だって。しかも定価の2割引。もしやと件の専門店の通販サイトをチェックしたら、やはり同じ条件が表示されていました。
そこで僕はどうしたか? 即座に店に電話。メールに行き違いがあったようだけど、それはどうでもよく、すぐに行くので1本確保してほしいと。他所のサイトではなく、その店のネット通販で注文すれば不義理にならないはず。でも、何かが決定的に違うんです。自分が好きで大切にしたいものなら、僕は人から買いたい。不便すら楽しみに代えて。僻地の人々には理解不能な感覚かもしれませんが。
つまりは心意気。それは、この世界に物理的な店舗がある限り、絶やしてはならない気立てと思っています。ヒットが打てる気がしてなりません。

無邪気が止まらず恐縮ですが、こちらが心意気のバット。使いたくないほどピカピカ。
