『私の青空』という歌、ご存じ? 若い世代は知らないかもしれないし、僕にしてもリアルタイムではなく、幾多のカバーで耳にしたのだけど、とてもあたたかい気持ちになれるのです。
もともとは、『My Blue Heaven』というタイトルで、1927年(昭和二年)にアメリカで出版された曲です。普遍的な幸福を綴った歌詞と、穏やかに流れるメロディが素晴らしくて、後々スタンダードナンバーになりました。
それを堀内敬三さんという作詞家・作曲家が1928年に訳詞します。本国同様、その日本語版を多くの歌手が歌い継いだのは、直訳すれば日本人には意味不明な「私の青い天国」を、「私の青空」と解釈した秀逸さに尽きるでしょう。何が私の青空かというと、訳詞に出てくる「狭いながらも楽しい我が家」に他なりません。
英語の原詩でも家族との幸せな暮らしが示されていますが、「狭い」とは書かれていないんですね。そこが重要なポイント。昭和の日本人はおしなべて貧乏で、けれど皆およそ似たようなものだったから、貧しさを笑える余裕があったと思うのです。だからこそ「狭いながらも楽しい我が家」に共感できたんじゃないでしょうか。
僕にもその感覚が残っています。思い返せば裕福とは程遠かったけれど、両親は僕ら兄弟に貧しい記憶を残さなかった。家もまた実際に狭かったけれど、他に帰りたい場所はなかった。
しかし、今はどうなんだろう。そんな不安を抱いたのは、日本人の困窮化を示唆する記事を目にしたからです。17.5%のパスポート保有率。1981年以来の高さになったエンゲル係数。長期に渡る円安と低賃金と物価高。そのいずれの情報も、必ずしも暮らしの貧しさを反映するとは限らないといった注釈がついています。
でも、全体的な雰囲気あるいは気分的に、見えない蓋を被せられているような実感は拭えません。そんなところに総裁辞任のニュース。すぐさま話題の的になったのは、次は誰になるか。個人的には誰になってもかまいません。ただし、政治が国民の幸福のために機能するものなら、せめて『私の青空』を気軽に口ずさめる社会を目指す人でお願いしたい。
いやいや、うまく表現できないせいで重苦しくなっちゃいましたね。何はともあれ、YouTubeあたりで『私の青空』を聞いてみてください。僕は好きです。

町のどこからでも見える働き者。
