「依頼主に対し、持てる技術と知恵を発揮し、依頼を存分に果たすことで、対価を受け取る」
これは、お世話になっている社長さんから、ずいぶん前に聞かせてもらったプロフェッショナルの定義です。意訳しているところがありますが、元は海外の裁判所が示した見解らしく、その社長さんもこの定義を尊重しているそうです。
僕もまた指針とし、事あるごとに思い出す件は、以前にも触れた覚えがあります。今回改めて思い出したのは、昨日のここでややこしい話を書いたのがきっかけでした。そんなわけで、それとなく連続物になります。
僕が承る仕事には必ず、メーカーやブランドなどのクライアントがおり、そしてたいがいのケースで広告代理店や制作会社などの中間的立場が介在します。ライターの僕に取材・執筆を発注してくれるのも、およそその中間層。これが基本的な依頼の筋道。あらゆる費用の出どころが資金力のあるメーカーやブランドなので、お金が下りてくる流れとも言えます。
僕が理解しているクライアントとは依頼主。お金の流れをベースにして、原稿料を支払ってくれるところをクライアントするなら、中間層の会社が実質的な依頼主になります。しかし、僕が書いた原稿は、メーカーやブランドの名のもとに公表されるので、書き手としてはやはり、大元のクライアントの依頼に応えることを使命とします。
とは言え僕の使命感は、実際には中間層との間で揉まれることになります。それゆえ関わる人の多くが明快なプロ観を持っていれば、大元を満足させる結果にたどり着きやすくなる。対して、お金の流れや商慣習を踏まえて、クライアントを顧客や得意先と受け止める人が集まると、結果より優先されるものが増えていきます。
ここで前段に戻ります。プロフェッショナルの定義は、クライアントへの尽くし方とも言い換えられるのですが、この定義には、明示されていない大事な要綱が潜んでいます。
クライアントのためになるなら、時に異論を唱えなければならない。重要なのは、唱えるだけでなく、聞く耳を持ってもらえる信頼関係の構築。そのために欠かせないのが、良い結果を提供し続けること。そんな至難を実現できれば、お金の流れに関係ない対等なパートナーになれる。
それが本当のプロフェッショナル。指針にするのは勝手だけど、お前はなれているのか? これもまた、定義を思い出すたび自分に向けられる厳しい問いです。聞く耳を持ちたくないけれど、そうもいかないので悩ましいのです。

午前5時半の渋谷駅。一瞬、どこにいるのかわからなくなって、焦った。
