一昨日は『立川志の太郎 落語会 ~二ツ目 最終章~』へ。志の太郎さんとは、ギターが縁で出会いました。
本名時代の彼が目指していたのはミュージシャン。しかし本気になるほど才能の限界を感じ、せめてエンタメ業界に就職できればと、たまたま手に取った立川志の輔さんのCDを聴いたら全身に鳥肌。その感動を行動に変えて志の輔さんに弟子入り。
落語の世界は今時珍しい身分制で、下位ふたつの前座見習いと見習いのうちは、師匠のお世話にすべての時間が奪われるそうな。やがて弟子が取れる真打ひとつ前の二ツ目となり、もう一度ギターを弾いてみようと思ったとき、僕が関わっているアメリカンブランドのマーティンを入手。気張って弾いていた若い頃の力が抜け、改めてギターの楽しみに気付き、今では自分の落語会で披露するまでに……。
なんてインタビュー記事をマーティンギターの会報誌に書いた縁で、その後に飲んだりライブに行ったりして、今回ようやくタイミングが合って落語を聴かせてもらえることになった、という流れです。
そんなこんなで実を言えば、最後に聴いたのがいつか思い出せないほど、落語は久しぶりでした。でも、最初は覚えています。10歳くらいだったかな。何かで落語に触れてみたい衝動に駆られて、連れていってくれと父親にせがみました。父親は、たぶんうれしかったはずです。小説家を目指した過去があるだけに、我が息子が文化方面に興味を示した様子を見て、自分のDNAを誇らしく思ったに違いないから。
そうして連れていってもらった落語会に、僕は30分と持たずに飽きてしまいました。父親は大いに落胆したでしょう。そのときの礼と謝罪を伝えないままだったなあとか、志の太郎さんの会場で思い出したら、右斜め前に当時の僕と同じくらいの少年が座っているのを発見しました。左右は両親だったんじゃないかな。
その子、最後まで飽きなかったみたいです。僕も10歳で志の太郎さんを聴いたら違っていたのかな。いや、少年すら楽しませた落語家の手腕を称えるべきですね。いろいろな思いをさせてくれて、何かとってもありがたかったです。

チラシで恐縮ですが、こちらが志の太郎さんです。
