理に適う

基本がしっかり身についている動きには、沸き上がる憧れが止められません。野球の話になりますけれど、僕が所属するチームの30代あたりに、高校まで野球部に入っていたメンバーが数名いて、その彼らの一挙手一投足がカッコいいのです。
所作と言うべきなんでしょうね。スポーツに限らず舞踊などにも、理に適った動きがあります。理は、【ことわり】と読んだり、道の意味があって、その体現、つまり敵える上では、あらゆる無駄が省かれていくのが常です。なぜなら、無駄は結果までの道程を長くするだけでなく、いかなるときも同じ動作を行うための再現性を阻害する要因になるから。そうした理に適った動きを体得するには、基本を繰り返す他にないのでしょう。
とか、それっぽく言っていますが、学生時代に野球部で頑張っていた人々は、基本練習を徹底的に行ってきたはずなんですよね。部長や監督に強制された可能性もあるので、「毎日こればっかりかよ」と辟易していたかもしれません。でも、野球の理に気づいた者は、改めて基本の大事さを悟り、愚直なまでに同じ練習に励む。その成果が学生のうちに花開けば幸運。そうでなくても、一度身についた所作がやがて草野球で憧れの的になったりします。本人が望んだかどうかは別だけど。
そこでふと、我が身を振り返るわけです。野球は草レベルのみ。いつも見様見真似。然るべき基本を学んだことがない。他の事柄も同様。数年前までのアイスホッケーも我流だったし、中学から始めギターも誰かに習ったことがない。どれも相応に長くやっているので、それなりに形にはなっているだろうけど、腕の立つ人に見られたら簡単に見透かされるでしょう。
趣味の領域ならそれでもいい。しかし、生業にしている原稿書きはどうか? 場数だけはかなり多く踏んできた自負はあっても、仮に基礎検定試験の受験を求められたら、今すぐにでも廃業に追い込まれかねません。
所作は整っていなし、理に適った動きもできていない。ふむ。原稿書きは、今となっては手遅れに違いないので、このまま突っ走ることにします。けれど野球は、少しでもカッコいい動きができるよう若者たちに教わっていきます。間に合うかな?

今年に入ってからのグラウンドは、おおむね晴天続き。天気がよければ寒くても大丈夫!

 

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