だから

母親に関する、長くて厄介な昨日の話の続きです。よかったら読んでください。
それでも手術や入院を勧めた自分の思いを突き詰めると、独善や偽善といった耳触りのよくない感情と向き合わなければならないと思うのです。
僕が、いや母親を見守ろうとする弟家族を含めた僕らが求めるのは、母親が安穏と暮らせる生活に他なりません。いかなる安穏かというと、夫を亡くしてから20年以上の歳月で馴れた独り暮らしを、誰にも気兼ねせずに過ごすこと。
あるいはそれも、僕の思い込みかもしれません。しかし母親を見ていると、そもそも息子たちの世話になるのは本意ではないようだし、たとえば退院して自宅に戻った日も、相応の情報交換を済ませた途端、早く一人になりたい気配を漂わせ始めるのです。こちらの心配などお構いなしになるのは、元々の性格もあるだろうし、老人らしい頑固さの表れかもしれません。
それでいいのかと、高齢者の独り暮らしには限界があるぞという話ですよね。この件に関して触れるとき、人はよく「その歳だから」といった言い回しを使います。その後に続く「仕方ない」とか「諦めろ」といった文言を伏せて。今回の手術や入院でも、医師や看護師から何度も聞かされました。悪気などないのは理解できています。僕にしたって、母親の耳の遠さを誰かに説明する際は、91歳なのでと言い訳するし。
けれど、一つの目安に過ぎない年齢で決めつけることに抗いたくなりました。何歳になろうと、唯一無二の人生を生きている母親には、本人が望む生活がある。それを保つ上で生じる問題を僕らが一つずつ解決しようとするとき、本人が先に諦めない限り、年齢を前提条件にしたくありません。
そういうのは身内ならではの意固地なのかなあと省みたりもします。それを察する周囲は、家族ほど事実から目を背けがちと案じて、言外に潜めた諭しを提案してくれるのかもしれません。
いろいろ考えさせられた入院期間で救いになったのは、想像を超えて速かった母親の回復でした。一方で、人前では善人ぶりつつ、僕の前では心の中の文句が漏れる様子も3週間くらいで元通り。まぁ、入院のストレスも僕の想像以上だったろうけれど。
僕らの判断が最善だったのか、あるいは独善からの失敗に終わるのか、その答えが出るかどうかもわかりません。ひとまず、ただただ寄り添うだけです。それにしても、親にはあれこれ教わりますね。似たところが多い母親だけに、自分もいつか酷い頑固になるという予測は、たぶん学びと言っていいのでしょう。

病院の近くでうわんと咲いていたカワヅザクラ。雛祭りにふさわしい色合いと思って。

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