昨日、母親が退院しました。って、入院した件を伝えていませんでしたね。話さなかった理由は二つあります。一つは、91歳のリアルな健康問題を聞かされても迷惑だろうと思ったから。
もう一つは、止めどない不安を抱えていたから。手術を伴う入院を切り出したのは僕です。息子なりの総合的判断で、それが最善と決めました。決めた以上は、十分すぎるほどの高齢者ゆえ様々なリスクを覚悟しなければなりません。けれど、覚悟なんてもろいものですね。容態によって気持ちが右往左往。言葉を選ばずに言いますが、自分の判断が母親を壊すかもしれないという恐怖を何度も感じました。
やっぱり重苦しい話でしょ。なので、退院できるまでは封印することにしたのです。ただ、書き手の性分としては話したいし、お節介ながら何かの参考になればと、あらましをお伝えすることにします。
母親が患ったのは、変形性膝関節症。主に加齢を原因として、膝関節の軟骨の減少に伴いO脚になる、長く生きていれば避け難い症状だそうです。対処を本人任せにしたのは息子の大罪ですが、母親のそれは安静時でも痛みが出る末期状態を迎えていました。そこで、整形外科の名医がいるという病院で本格診断を開始。それが昨年の11月。完治を目指すならと勧められたのが、人工膝関節全置換術でした。
変形した膝関節の表面を取り除き、正常な膝関節の表面に似たインプラントに置き換える手術です。担当医は、94歳の執刀経験があると話してくれました。91歳の母親は、その事例に救われたようでした。一方で僕が求めたのは、両膝同時手術の可能性です。なぜなら、手術は全身麻酔が必須。なおかつ麻酔から覚めた後は、高齢者によく見られる意識精神障害のせん妄が現れやすく、場合によっては認知症に発展するという。
であれば、片膝ずつではなく一挙に両膝でお願いしたかった。医師も、そのほうがリハビリ時のバランスがとりやすいと言ってくれた。それを母親に伝えました。その歳まで手術経験がなかったので、かなり怖かったはずです。けれど、よほど膝が痛かったんでしょうね。諦めるように承諾し、1月15日に入院。翌16日の手術を受け入れてくれました。
手術は無事に終了。次の不安は、件のせん妄です。手術翌日の面会では、よれよれながらも僕が誰かを正しく認識できました。その3日後、弟の奥さんと姪と3人で訪れたときは、孫娘に向かって涙をこぼしながら「おばあちゃん、死なずにいたよ」と。これには僕も隠れて二粒くらい安堵泣き。せん妄を乗り越えられると期待しました。
ところがさらに2日後。母親が夜中に大声を出して落ち着かなかったので、すぐに来てほしいと病院から電話が。自分の甘さを思い知らされました。日を追って安定していったけれど、終了予定が未定のリハビリを含め、先述の通り、膝は治っていく母親の内側を壊してしまうのが自分かもしれない怖さは、今も消えていません。
長い上に厄介な話ですみません。でも、ひとまず退院して家にもどれたので、こうして伝えることができてよかったです。が、明日もまた、それでも手術や入院を勧めた僕の思いを話してもいいですか?

マラソン大会でゴールになだれ込む子供たち、だったみたい。大人たちの檄がすごかったな。
