相変わらずおもしろい朝ドラ『ばけばけ』で、主人公夫婦に赤ん坊が産まれるシーンがありました。そこでふと思ったのです。今よりうんと大変だったんだろうなと。
ドラマのモデルになった小泉八雲と、その妻セツの史実をたどると、最初の子供が誕生したのは1893年の明治二十六年。それから6年後の明治三十二年、出産10万件あたりの妊産婦死亡数=妊産婦死亡率が日本で初めて算出されたらしいんですね。その数値が409.8。244件に1人の妊婦が亡くなっていたことになるそうです。決して少なくないですね。それに数値で見るだけでは、大事な家族を亡くした人々の悲しみは伝わってきません。
その上で数字の羅列を続けると、明治三十二年から70年後の昭和三十八年/1963年は92.7。明治時代にくらべれば目覚ましい減少ですが、2007年以降は世界最高水準の5以下で推移していると聞くと、昭和中期のお産も相当に危険だったと思わされます。
僕は、妊産婦死亡率92.7の前年の1962年生まれ。何と言うか最近は、出産や子育ての話題に触れると、母親のことを考えてしまいますね。いや、ひとまずそっち方面の感傷は広げないでおきます。
死亡などという物騒な単語を持ち出してしまいましたが、それをゼロに近づけるため進歩してきたのが医療技術です。そのあたりも、時代劇あたりを見ると今なら助かるかもなあと思ったりするんですよね。
件の『ばけばけ』出産回と同じ日に報じられたのが、iPS細胞を使った再生医療製品が承認されたというニュースでした。条件期限付きながら、早ければ今夏に世界で初めて実用化される見込みがあるそうです。iPS細胞で真っ先に浮かぶのは山中伸弥さん。その研究成果によって、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した教授です。当時をよく覚えているのは、山中さんが僕と同い年で生まれ月も一緒で、世代の水平方向にはとんでもない人がいると驚いたから。
さておき、山中さんが最初にiPS細胞の作製に成功したのは2006年でした。それから再生医療の現場で実用化に達するまで20年。早いのか遅いのか、僕にはわかりません。ただ、技術の発展を止めない人たちのおかげで今日の僕らが生かされているのだと、そう思うだけです。母親の手術を含み、いろいろ感謝なのです。

前に話した13番線で見かける、拳骨顔の成田エクスプレス。一度だけ乗ったことがあります。
