急に一人旅が……

そうだったのか! という発見をもとに、今日も日付ネタです。
慶応二年一月二十三日。今の暦に直すと1866年3月9日。記憶から離れることがない、なのに日付は覚えていないその日、あの寺田屋事件が起きました。
寺田屋は、水運で利用されていた濠川の目の前に立つ京都・伏見の船宿。今から160年前の午前2時頃、その宿に泊まっていた坂本龍馬と、龍馬の護衛係だった長府藩士の三吉慎蔵が伏見奉行の捕り方に襲撃されます。
物騒極まりない話ですよね。幕末という世情が不安定な時期であれ、怪しい奴らが潜伏しているからと問答無用で押し入り、逮捕して裁判にかけるのではなく、いきなり殺害を実行するなんて、そんな時代に生きていなくてよかったと思う他にありません。
襲われたほうも、当然応酬しました。龍馬は高杉晋作から譲り受けた拳銃で、槍の名手だった三吉は手槍を駆使して数名を殺傷。その際、龍馬は両手の親指に深い刀傷を負ったものの、宿の二階からの逃走を果たしました
その襲撃をいち早く龍馬たちに知らせたのが、宿で働いていたお龍さん。捕り方たちが集まってきたのを入浴中に察して、裸のまま二階まで駆け上がったそうな。
話はまだ続きます。負傷した龍馬は薩摩藩邸にかくまわれた後、西郷隆盛の勧めで現在の鹿児島に湯治の旅へ。それにお龍さんが付き添ったことで、日本初の新婚旅行とされました。映画やドラマであれば、描かずにおけない印象深い逸話です。
なんて史実を20歳くらいで知れば、実際に行ってみなければと奮い立つわけです。寺田屋には龍馬が泊っている部屋が残されているらしいし、京都市東山区の霊山には龍馬の墓があるというし。
けれど、後々教えられるのです。現存する寺田屋は、焼失後に再建された別物だとか、ゆえに室内に残された刀傷なども真偽が怪しいとか。耳に入れないでくれと叫びたくなりましたが、まぁ仕方ないことです。それでも、自分が訪れた宿の付近の道を龍馬も歩いたんだと思うと、歴史の真実に触れたような気持ちになれました。市内を見下ろす場所に建ったお墓もそう。これがここにあるのは、龍馬が生きていて事実を証明なのだと。
だからきっといちばん大事なのは、自分の感覚をその場所に置いてみることなんでしょうね。急に一人旅がしたくなりました。どこに行こうか。40年を経た伏見参りも悪くないだろうな。

竣工間近っぽいビルに新たなクレーン。今度はちっちゃいやつ。完成はまだ先なのかな。

 

 

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