日々様々な事柄と向き合う中で、後に悔やんだり、反省することのないよう対応していきたいと心掛けているのです。けれど、今もって完璧とは程遠いですね。いやまったく、なぜこうも「いくつになっても」なんだろ。
弟にイライラ。たぶん、きっと、間違いなく、彼は何も悪くない。ただ、兄は勝手にその振舞いが気に入らなかっただけ。
ここ十数年、弟とは母親関連の情報交換で連絡を取っています。手段は、ほぼLINE。1月中旬から3月初旬の母親の入院時には、その頻度が高まりました。詳細を伝え合いたいときは電話に切り替えましたが、それとなく役割分担が決まっていたので、直接会うことは少なかったのです。
けれど退院の日は、二人で迎えに行くことに。弟のクルマは一般的な乗用車なので、足が不完全な母親が乗り込むなら兄のオンボロより好都合。そんな便宜以上に、弟にしてもこの機会だけは立ち会わずにいられなかった。
それは重々承知。異論を挟む余地はないのだけど、感染防止を理由に人の出入りを嫌う病棟に二人で長くいることはないとか、ここは先回りしてクルマを出口に用意したらいいんじゃないかとか、そのクルマの運転まで違うんじゃないかとか、何かもういちいち気になってしまったんですね。そうして訳もわからずイライラする自分にイライラして、あれは本当によくなかった。
そういうときに弟は、無駄に応じてきません。小さいときもそうだった。場合によっては口の中で文句を反芻していたけれど、兄はその姿が気に入らなくて、さらに怒り出す。
何だろうな。弟はどう感じたのかわからないけれど、兄の僕だけ幼少期に戻ったようで、今こうして書いていても、恥ずかしさと情けなさが募る一方です。
大人になった兄弟姉妹。皆さんはどう応じていらっしゃいますか? おそらく、何か特別なことがない限り、ともに暮らしていた幼い頃の関係性が維持・発展されていると思います。だとすれば僕は弟を、自分の出来の悪さを映す鏡のように感じたままなのかもしれない。年子で背格好も同じで、顔も似ているのに、中身は別物。
痛々しいなあオレ。一人静かに猛省していること、無駄に意地っ張りな兄は弟に言えないと思います。

この町のどこからでも見えるクレーンが組み上げているビル。やっぱり竣工はまだ先みたい。
