それとなく異変を感じたのは、先週の月曜日の夜。ベッドに入る直前になって鼻が詰まりました。ふんふんふんと強めの鼻呼吸を繰り返し、酒の飲み過ぎかなあと鼻をかんでみたり。それでも眠気が勝るくらいならと、特に気にせず眠りました。
翌朝はどうだったろう。そこはよく覚えていませんが、火曜日の夜も寝しなに鼻が詰まったんじゃないかな。で、ふんふんふんとし、鼻をかんで寝たのは前夜と同じ。けれど、ウトウトし始めたら鼻息の荒さで覚醒しました。いびきとは違う感じ。文字にすればピ~フュ~。目覚めたのは鼻息の音ではなく、息苦しさのせいだったかもしれません。
「ようこそ、こちら側へ」
水曜日の晩、近所の飲み屋で鼻の具合について話したら、そう言われました。未体験ながらそちら側の苦しみを知らないわけじゃないので、決して行きたい場所ではなかったのに……。
「じゃないって言いたい人、多いですよね」
これも飲み屋での、たぶん嫌味。僕はこれまで、「ですか?」とたずねられるたび「じゃない」と即答してきました。だって本当に、それら典型的な症状を実感したことがなかったから。でも、ニュースなどで「ピークです」と報じられたり、患っている方々に「今日は特に辛い」と聞かされると、そう言えば目が痒いような気がしなくもない日がありました。けれど長引かない。だから錯覚なんだとすぐに忘れる。
体内蓄積が限界を超えると発症するコップ理論は知っています。それが真実なら、やがて僕にも限界突破が訪れるかもしれない。しかしコップ理論は古い考えで、免疫とアレルギー抗体のバランスが崩れると発症するシーソー理論が新しい考えであることも知っています。であれば、バランスが取れている限りそちら側に呼ばれることはないと高をくくっていたのは確かです。
ここまで書いても、僕は決定的なワードの使用を拒んでいます。けれど、鼻はいまだに時折グシュグシュ。風邪などではないのは、体調自体に問題がないことで明らか。噂に聞く集中力の低下も倦怠感もなし。
わかっています。たぶん、そうなのでしょう。でも、もう少し様子を見てから判断を下します。ニュースが伝えるピークが過ぎれば、きっと忘れてしまえるだろうし。

うんと昔に利用していた駅の北口。口を挟める権利はないけれど、思い出も何もかもが、ね。
