年長者に対して何かとオジサン呼ばわりする男性がいます。年功序列を気にしないフランクな性格なのかもしれません。それはそれでかまわないけれど、僕も何度かそう呼ばれたので、あるときたずねてみたのです。なぜオジサンを連発するのかと。問われるのが想定外だったのか、うろたえた分だけ遅れてこう返してきました。
「僕もオジサンだから……」
何度かお目にかかっただけの、特に親しくはない間柄。聞くところによると、40代前半で独身。パートナー探しに奮闘中だとか。最近になりジムに通い始めた件は、本人が申告してくれました。「ジム、行ってるでしょ?」と聞かれたので、行ってないと答えたら「ウソでしょ、オジサン!」と、そのときもそんな感じ。
彼の感覚がわからなくもありません。おそらく「オジサン」を敵視し始める年齢に差し掛かったんじゃないでしょうか。一方で、狼狽を隠せず「僕も」と答えたのは、彼自身に「オジサン」枠に入った自覚ないしは不安があるからなのでしょう。けれど自分は違うと主張するため、年長者を見れば「オジサン」を連呼するようになった。そんなところでしょうか。
いわゆる老化は不可避。たとえば野球をやるたび、30代や40代の躍動感がうらやましくなります。でも、それがすでに手に入らないなら、皆に仲間と認めてもらえる動きを60代なりに考えるしかありません。かつて経験し得なかった抗い方に工夫を凝らしながら。
検索すれば、すぐに「オジサン」の定義が出てくるでしょう。僕にも自分なりの定義があって、そうはなりたくないともがいている点で、僕こそがもっとも「オジサン」を敵視しているのかもしれません。
ただ、歳を重ねるに連れ、諦めるべき要素を上手に諦められる人は、たぶん他人から「オジサン」の総称で呼ばれないと思います。僕が彼にそう言わせてしまうのは、あれこれ下手な気配を感じさせたからかな。だとしたら、まだまだいろいろ精進せねばなりませんね。言う理由を問い質すより、言わせない格を備えたほうが、大人としてカッコいいもんな。

午後5時からの練習は照明付き。それにしても、日が長くなりましたね。
