部屋の中でもっとも足腰が頼りないテレビを押さえながら、できれば昼間でお願いできないかとぼやきました。間もなく日付が変わる頃の16日深夜にやってきた地震。僕の町は震度4だったそうですが、机も本棚も左右に長く揺れていました。
ひとまず収まったところで考えたのは、一人暮らしをさせている母親への電話です。夜だと躊躇しますね。それでもこの揺れ方なら目が覚めるだろうと思ってかけてみたのですが、案の定軽いパニック状態。地震とともに停電した部屋の暗闇がさらにストレスを上乗せしたらしい。しかも耳が遠いから、こっちの話が入っていかない。頼むから聞いてくれと祈るような思いでスマホを握っていました。まだ酒を飲んでいなかったので、1時間はかかるけれどクルマで様子を見に行こうと思ったくらいです。
その直後、近くに住んでいる(自分の家も停電していた)弟が向かってくれて、簡易的な明りを灯してくれました。1時半頃、電気が復旧したと母親から電話があり、ようやく落ち着いた次第です。いや、気持ちは変に高ぶったままだったな。夜が更けても同じような情報を繰り返すテレビを見続けていて、ある種の中毒症状に陥ったのかもしれない。
人為的な不安が世界を包む中でも、自然災害は起こります。そりゃそうですよね。地表にうごめく人間たちの事情なんかいちいち構っているはずがないから。だからこそ心配事は可能な限り小さい範囲に留めておきたい。もう本当に、いがみ合ってる場合じゃないんですよね。
そんな苛立ちと地震と母親を結びつけるのは、言うまでもなく僕の独善です。それにつけても地面が揺れるのは日中にしていただきたい。なんやかんやで眠りにつけたのは午前4時でした。

見知らぬどなたかのおかげで通りすがりの花壇に春を感じられる。ヒヤシンス?
