『無縁坂』

時間が経つほどに聞こえ方、または響き方が変わっていく歌が誰にでもあると思います。今週、僕の中で繰り返し鳴っていたのは、『無縁坂』でした。
1975年11月発売なので、完全に懐メロってやつなのでしょう。当時は『グレープ』というフォークデュオ(ってのも死語だな)で活動していた、さだまさしさんがつくった楽曲です。『無縁坂』は東京の湯島あたりに実在する坂で、きっと苦労が多かった母親の人生を上り坂にたとえながら、息子がそっと母親への思いを綴るという、おおむね普遍的な愛情を伝える歌です。
リアルタイムで耳にしました。当時の僕は13歳。母親を「おかあさん」から「オフクロ」に呼び変えようと躍起になっていた、クソがつくほどの生意気盛りでした。それでも母親の歌となると、それなりに神妙に聞いたりしたんですね。だからその年代的には歌詞の意味がわかっていたと思います。
「運の良し悪しは確かにあるのだろうと、母親を見ているとそう思う」
歌の中の息子は、そのようなことをささやきます。ト短調のしっとりした曲調なので、この親子が必ずしも恵まれた日々ばかりを過ごして来なかった気配を感じます。
そして息子は最後にこうつぶやきます。
『ささやかな僕の母の人生』
今になって奇妙な引っ掛かりを見せるのは、この歌詞です。実の息子であれ、果たして一人の人間の生涯をささやかと称してよいものだろうか? これは作者に対する批判ではなく、普遍的な情を語る歌だからこそ可能になる、自分事としての疑問なのです。
火曜日に6回目のワクチン接種。金曜日は3カ月ごとの通院。そのために母親を病院へ運ぶのは僕の役目ですが、僕のクルマは地上から床までが遠いので、膝が悪い母親にとっては登山に匹敵するほど乗り降りが一大事です。コイツを選んだ当初は、こんな親不孝を引き起こすとは想像もしませんでした。
特に降りるときが辛そうで、最近は手を貸さないと無事の着地が難しいみたいです。そこで母親の掌を握るわけですが……。そんなことくらいでいちいち感傷的になりはしないのだけど、それとなく覚えておこうとは思います。小さくかさかさとした感触を。
なんてことを書いていると、また頭の中で『無縁坂』が流れるのです。僕の母親が華やかな人だったら、この歌に共感しなかったかもしれません。そうではなく、もはや緩やかながらも人生の坂を上っているように見えると、あるいは苦労しながらオンボロに乗り降りする姿を目の当たりにすると、せめて息子くらいは謙譲の意味合いをこめて「ささやか」と称するべきではないか。そんなふうに思って聞いています。そんなふうに響くことも、13歳の僕には想像できませんでした。

ヒガンバナまたは曼殊沙華。この赤は日が当たっても妖しく見える。

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