釜茹での刑

10月8日は、今の暦に直した石川五右衛門の命日だそうです。安土桃山時代の伝説的大盗賊で、最後は時の権力者である豊臣秀吉の宝物を盗もうとして失敗したか、または秀吉の暗殺に関わった疑惑で捕らえられました。
そして極刑。これが冗談みたいな方法でした。釜茹での刑といって、ぐらぐらと煮立てた湯または油の中に生身の人間を放り込むのです。即死が難しいことはわかっているはず。だから、いかに苦しみながら絶命していくかを見定めるという、死刑執行を行う側にはそういう意図があったと思われます。ちなみに石川五右衛門の釜茹でが実行された際には、まだ乳児だった五右衛門の子供も同じ釜で葬られたそうな。
この壮絶な最期があまりに印象的だったことから、江戸時代になると石川五右衛門の生涯は浄瑠璃や歌舞伎の演目に仕立てられ、ダークヒーロー的な人気を博しました。忍術の使い手とか義賊だったとか、民衆を喜ばせるフィクション増し増しだったらしいですよ。
さておき僕が気になったのは、極刑たる釜茹でです。冗談みたいと言ったのは、残忍にも程があると思ったから。実は紀元前の中国にも同様の死刑があり、五右衛門と同時期の16世紀の英国でも執行された記録があるようです。
これは僕自身の経験でもあるのだけど、想像力というのは、良いことより悪いことのほうに強く働くように感じています。体調不安に陥ったときが顕著で、あそこもここもおかしくなってきっと死ぬんだとか、元気になるきっかけを自ら放棄する思考ばかりが駆け巡るようになります。そういうのは、普段滅多に発熱しない健康自慢の人間にありがちな話ですけれど。
誰かを幸せにする手法より、誰かを不幸にする手段がイメージしやすいのは、たぶん不幸の絵面のほうが具体的に描きやすいからだと思います。それが人間の本質だとすれば、釜茹での刑などという残忍極まりない手段を発想できるのも、ある意味で自然なことかもしれません。
逆を言えば、幸福の絵面は描きにくいのでしょう。人によって尺度が異なるから。でも、できるだけそっち方向を考えたいです。思考が暗い坂を転がっていくと、まず寝不足になるし、何より不幸のイメージと向き合っている自分が嫌になる。五右衛門と秀吉はどうだったんだろう?

思いがけずデカいね、君。

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