「いい時代」

時事に敏感になるのは避けようと思うのだけど、気になってしまえばどうしようもなく……。そんなわけで、大きく報じられてから1日開けまして、埼玉県虐待禁止条例の一部改正案について。
子供を守るという観点から、おそらく海外の例なども視野に入れつつ先進的な取り組みを行おうとしたようですが、ひとまず取り下げとなりました。
「子どもたちだけの自宅での留守番」「子どもたちだけで公園などで遊ぶ」「子どもたちだけでの登下校」等々を小学3年生以下の児童にさせるのは保護者による虐待と見なされる。さらに、それらを見かけた人には通報の義務が生じる――。
この内容を知って、だいぶ無茶だなあと思う前に時代を感じました。ウチの両親は共働きだったので、僕ら年子の兄弟は幼い頃から上記の行為をしていたんですよね。言うまでもなく、それが親の放置や虐待などと思うはずはなく、むしろ家族の営みにおいて極めて当然のこととして。
というよりも、小学生になれば子供たちだけでした。現実的には無理であっても、親の庇護から離れるのがうれしかったから。そうして僕らは、「遊びに行くなら一度ランドセルを家に置いてから」とか「暗くなる前に帰れ」というような親の言いつけを守ったり、時に守れなかったりしながら子供時代を過ごしたわけです。
そういうのは昔話。今は子供を狙った卑劣な犯罪が多過ぎる。そんなニュースを見聞きするたび暗い気持ちになり、同時に僕の小学生時代がいかに牧歌的だったかを思い知らされるのです。何でこんな世の中になっちゃったんだろうというのは、今の子育て世代にも共通した疑問だと思いますが。
ふと思い出したのは、保育園の通園です。当時は体が弱かった弟の世話をしながら働いていた母親の苦労をそれなりに理解していた僕は、一人でバスに乗って通っていました。園の用意ではなく、公共交通機関のそれです。車掌さんに「今日も偉いね」と言われるのが誇らしかった。
けれどたぶんバスの車掌さんも運転手さんも、それから乗客の皆さんも、頼りなさげな園児の姿にそれとなく気を配ってくれていたはず。だとすれば、僕の通園は僕一人で叶うものではなかった。そんな状況を「いい時代だった」で括ってしまうのも、何か違うような気がするのですが、どうでしょう。

かと思えば俄かに暗くなったりして、空にはまだ安定が訪れていないみたいだ。

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