1985年の今日は、『10.20成田現地闘争』が起きた日。こういう記述は、毎日何かを書こうとしていないと目にしないものかもしれません。一般的な記念日に制定されたりはしないだろうし、今日あたりのニュースでも「あれから38年」と振り返ることもないでしょう。
成田空港問題を巡り、中核派を主力とする極左暴力集団と警察部隊が、千葉県成田市の三里塚交差点付近で衝突。暴力集団は管制塔を始めとする空港施設まで襲撃。以上が事件の概要。
成田空港問題というのは、1978年に新東京国際空港として開港する新たな施設の開発計画に端を発した問題です。元々は地域住民の反対運動に、上記の極左と呼ばれる集団が加わり、社会を巻き込む一大騒動に発展、というのが僕の知るところです。
ただ、知らないこともたくさんあります。暴力集団と呼ばれた人々が、武力闘争の果てに何を求めていたのか。彼らにも高い理想や明確な主張があることはそれとなくわかるのだけど、社会全般を不安に陥れてどうしたかったのか。当時、千葉に住んでいた僕は、この一連の騒動に肌感覚で恐怖を覚えていました。
「あいつら全員ぶっ潰してやる」
小学6年は同じクラス。中学では同じ部活動で過ごした友人が放ったセリフです。どちらかと言えば小柄で、負けん気が強いけれどいつも笑顔の、誰からも好かれる男でした。中学卒業後に再会したのは、20歳の頃だったと思います。そのとき彼は、千葉県警の機動隊にいると言いました。だからおそらく、成田空港問題による武力衝突の最前線に立っていたんじゃないでしょうか。それで先のような、僕が知り得る彼には不釣り合いな発言をしたわけです。そう言わなければならなかった状況は忘れてしまいましたが。
今でも相応に理解できます。あの頃の彼の立場では、所属の命に従う形でそういう意思を持たなければならなかったのだろうと。でも、どうでもいいことで笑い遊んだアイツはもういないんだと思ったら、酷く悲しくなりました。人は変わってしまうという事実に初めて直面した瞬間だったかもしれません。
ぶつかって、殴り合って、血を流して、それで解決することって何だろう。遠い街の病院を襲ったのが誰かを言い争っている報道にうつむくしかない僕には、やはり知らないことがあまりにたくさんあります。

コキアですが、古くから箒の材料に使われていたので、ホウキギという別名もあるそうな。
