悲哀の組体操

間もなく放送されるテレビ番組の裏話です。実名の一切を伏せねばならず、何のことか伝わりにくいと思いますが、「そんなこともあるのね」と聞き流してください。
「やっぱりテレビ局は凄いわ」
これは制作協力を依頼された知人の、感想というより呆れに近い嘆きでした。話の始まりは、ある海外製品の修理依頼。それを請け負ったのが、その製品を日本で扱う会社に勤める知人。依頼主が有名人で、「その方が現地に赴くならおもしろい」と某局が番組を企画したそうです。
こういう話があった場合、依頼を受けた会社は宣伝効果を考えるでしょう。そしてまた、いやらしい言い方になるけれど、あれこれ恩を売ることもできる。となれば担当者に「何とか成功させろ」という命が下るのは火を見るより明らか。
ところが現場の担当者は、様々な問題に直面することが最初からわかっていたりします。火事場にガソリンを撒き散らせば大炎上するのが明らかなように。
まず、その海外製品は一度日本に入ったら他国へ持ち出せない法律があるそうな。それゆえ知人は当初から、現地での修理はもちろん、その方が赴く企画自体が無理だと思っていたと言います。にもかかわらずテレビ局からは、法令に関する当局との交渉も一任されてしまった。半ば強引に「専門家なのに、あの方の依頼を断れますか?」と。
悲哀の組体操だと思いました。頂点に立つ者が華々しく完成をアピールするには、下段や中段の組み手たちが必要です。もっともしんどいのは最下段のメンバー。最初から最後まで重みに耐えねばならず、しかも肩を組んで内側を向くから顔も見えないまま。それが知人たちの会社。その上にテレビ局の制作陣が乗るのでしょう。彼らもまた奮闘を求められる。頂点に立つ者を直接担ぐポジションだけに。
そうして下段と中段が組んだ人間やぐらをよじ登って、万雷の拍手を浴びながら最後の一人が頂点に立つのです。その拍手が多いほど、下の人間はよろこべるのだろうか。あるいは、常によじ登られる宿命を呪うのだろうか。知人は粛々と担当任務をこなしたそうです。僕ならたぶん、あれこれ呪うでしょう。
その他にもたくさんの困難に迫られた知人がこの夏いっぱいかけて尽力した番組はもうすぐ放送されます。先週末の報告は「まだ編集している」でした。僕は、顏が映ることのない組体操の下段と中段の人々に思いを馳せながら鑑賞します。

こんな気候だと近所の紅葉は、わっと色づいてぐっと終わっちゃうかもしれない。

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