先日、長く大学生をやってからこの春に社会人となった若者と夜のホームで会いました。午後10時を回っていたのにさっぱりした顔つきは、「会社終わりでジムに寄った」からだとか。僕は打ち合わせという名の飲み会後だったので、いい感じでどんよりしておりましたが。
同じ方向の電車内、まぁ聞くわけです。仕事はどうなのと。「ひとまず大変です。いろいろ怒られて。でも、みんないい人です」などと、すぐに愚痴を言わない余裕をかましてきました。すると今度は向こうから質問。「トナオさんの社会人1年目はどうでしたか?」
皆さんはどうですか。僕は当時の気分をよく覚えています。将来の目標が確定できないまま、親が業を煮やす形で紹介した知り合いの会社に入れてもらったものの、結局持たなかった。そんな暗澹たる状況の最中にいたのが僕の社会人1年目です。
システムエンジニアを育成し派遣する会社でした。ITが発展した現在はシステム関連の職種が細分化されているので、この名称は使わなくなっているかもしれません。一方であの頃はこれから伸びる可能性を秘めた業界だったので、一般的には詳細不明な仕事でした。僕もその一人だった。なおかつ理系の頭が必要なので、僕に全うできるはずもなかった。
そうして約40年前の今時分、退職を願い出たのです。派遣先の責任者に勤務態度を叱られたのが直接のきっかけでした。叱られたのが嫌だったのではありません。ここにいるべきなのか悩み続けた挙句、妙にたるんだ自分を真剣に叱ってくれたのが申し訳なかったから。
自分の決断を所属会社に告げたときはこう言われました。「10年後を考えてみて」。退職や転職がネガティブ一色の時代だったこともあり、そんなふうにアドバイスしてくれたのでしょう。今思えば、知り合いの息子を預かった責任もあったはず。そこに思いが及ばなかった僕は、そう言われて10年後を考え直して、自分の決断を通しました。それがその後に訪れる迷走期の始まりとも知らずに……。
そんな長話は、15分程度の乗車時間で語り切れません。何より相手が求めていないので、最初に勤めた会社で後々役立ったメリットだけ話しました。「英字のキーボード打ちをしこたま叩き込まれたので、PCを使い始めたときに困らなくて済んだ」
その応答は「へぇ」でした。まぁ、そうだよね。平成生まれにはお伽噺でしょう。しかも彼は現時点で忙しい社会人1年目を過ごしているから、未来に向かって何を覚え何を忘れるかを考える余裕まではないだろうし。
よかったのは、社交辞令であれその他のエピソードやアドバイスを求められる前に電車が目的の駅に着いてくれたことと、ジム帰りの彼の血色がよかったことでした。

2年ぶりの高輪ゲートウェイ駅前は大工事中。あの空き地を放っておく気はなかったんだね。
