年末か年始のテレビに映った、我が心の師である明石家さんまさんがふと漏らした言葉に息を飲んだのです。それは、ずいぶん前に我が身に刻んだスローガンでした。
現状維持。現在の状態を保つ、または現在の状況を変えようとしない意図を示す四字熟語なので、消極的なイメージが拭い切れないのはよくわかっています。1円でも多く稼ぐ意欲を成長と呼ぶ企業の中で叫んだら、「衰退と同義!」のレッテルを貼られて居場所を失うかもしれません。
けれど、たとえば類義語として紹介される旧態依然とは、まるでニュアンスが異なるのです。旧いままでいたいわけじゃない。変化していく現状に対してどんな覚悟を持つべきかを考えたとき、ひとまず実現可能な目標が相対的な維持だろうと。そういう意味合いですから、心の師の真意は不明ながら、僕の言う現状維持には多分にポジティブな成分が含まれている、はずです。
とは言え、「現状なんてぶっ壊せ!」と突っ走っていた若い時分の頭にそんな言葉は浮かびません。打ち崩し踏み越えていくものだったそれが足元に絡みつき始めたのは、40代終盤だったと思います。
特に体力面で向上が望めないことは、当時の趣味だったアイスホッケーでこっぴどく思い知らされました。うんと年下のチームメートの持久力がまぶしく見え始めた途端、それは僕の人生で二度と手に入らない無残を悟るしかなかった。
仕事現場でも皆年若になっていきました。それが醸し出すのは、将来のモデルになってくれる年長者がいなくなる不安です。
そういう現状が、いつしか歳を重ねた僕の前に立ちはだかりました。さらに歳を重ねていけば、あらゆる状況が厳しくなっていくのは自明の理。ならばどうするか? 現時点である程度動けて、それなりに働けるのなら、最低でもこの水準は保ちたい……。
そこで始めたのが、毎朝のストレッチでした。可動域を広げれば怪我予防になると誰かが教えてくれたからです。原稿書きも、より時間をかけるようになりました。以前は速筆を自慢にしていたけれど、よりよい書き様が他にあるんじゃないのかと迷い始めたのも、40代の終わりから50代の始めでした。
そんなふうに態度が改まった頃、現状維持という言葉が真に迫ったのです。難しい取り組みに感じました。ただしそれに挑まないと、あれやこれや楽しくなくなると怖くなったんです。その心理の裏にはあるのは「オレはまだやれる」という欲なんですよね。歳を取ってこんなにジタバタするとは夢にも思わなかった。
けれどとにかく、今後の伸縮はあえて無視したまま、60代初頭で再び現状維持をスローガンに掲げることにしました。思い出させてくれた師匠に心から感謝します。

真下の駐車場にとまっていた、青のキレイなクルマ。何て名前?
