次第に明らかになってきた能登半島の状況に触れるたび、自分の想像力の乏しさを嘆くことになります。「まさかここまで」というのが正直な思いなのですが、それは詳細な情報がなかなか届かなったことにも理由があるのかもしれません。しかし詳報が遅れたのは、通信手段が途絶えただけでなく、被災地の地形的な問題で人が現地に入れなかったことを知ると、僕が甘く考えていた間にも……という不甲斐なさが募ります。
こうした大規模災害の初期対応は、プロに任せるのが正しいことを僕らは学んでいます。そのプロたちが活動を始めたあと、闇雲な正義感ではなく然るべき手順を了解した上ですぐに援助に動ける人もいます。彼らの身軽さに尊敬の念を覚える一方で、ならば自分は? という疑問が浮かんでくるのも毎度のことなのです。
いかに想像力が貧しくとも、他人事とは思いません。僕にも離れた場所に住む高齢の母親がいるので、何か起きたときには相当に怖いを思いをさせるだろうと、そんなふうにおののくもまた毎回のことです。
そうであっても、不安を抱えて過ごす人々が今も実際にいるのに、遠く離れた場所にいる僕は何もできないでいる。非力とか無力とか、そんな言葉だけが頭の中を駆け巡りながら。
だからやはり、どんなときでも大事なのは想像を止めないことなのだと、またしても思い知らされました。嘆くだけでは何も始まらない非力や無力も、想像力があれば微力に変わるかもしれない。そんな気持ちを支えてくれるプロもいます。彼らの力を借りながら、巡り巡る時間と手間を心苦しく感じても、こんな僕でもできることを探し続けなければなりません。

フラミンゴ、モモイロペリカン、またはトキ。そんな配色。
