今日は節分。厳密に言えば、天体の運行によって日付が変わるので、2月3日に固定されたものではないのだけど、それはさておき。
字面が示すように、節分とは季節を分ける日です。それが2月に入ってすぐなのは変じゃないかと思うのは、僕らが現在の暦に慣れているせいです。ここでよく取り上げている、いわゆる古い暦に沿った二十四節気では、明日の4日が1年の始まりとなる立春。ゆえに二十四節気の24番目に当たる大寒最後の日が節分になるわけです。
ここで疑問がわきませんか。節分が季節を分ける日なら、他の季節にもあるだろうと。おっしゃる通り。書きたいので紹介します。5月5日の立夏なら穀雨の。8月7日の立秋なら大暑の。11月7日の立冬なら霜降の、それぞれ最後の日が節分になります。ゆえに年4回。
なのに立春の前日の節分だけ特別に扱われるのは、やはり1年のスタートだからです。現在の暦の12月31日だけを大晦日とし、毎月の最後の日の中でも極めて大事にされるように。
節分と言えば豆まき。福豆と呼ばれる豆まき用の大豆を炒るのは、「豆を炒る」→「魔目を射る」の験担ぎという説があります。その射るべき魔目を具えているのが鬼。正体は、病気や飢饉や災害をもたらす原因とされた邪気です。人々の暮らしを脅かすものの実態がよくわかなかった時代は、あらゆる災厄を忌むべき存在に具現化させることで、怒りや悲しみの矛先に仕立てたのでしょう。誰も悪くないと言われたって、腹の虫は収まらないだろうから。
そんな鬼を、つまりは邪気を、豆という武器を使って家の外に追いやった。体調が不安定になりがちな季節の変わり目に。これが節分の由来だそうです。それが立春前日の2月3日だけで済むようになったことを考えると、現代は邪気の少ない時代と言えるのでしょうか。どうなんだろう。昔にはなかった新たな邪気が出現している気もしますが。
2月1日に書いた『重ね正月』とは異なる意味合いで、今日は1年の終わり。明日は新年の始まり。追いやりたい何かがあるなら、後片付けを覚悟しつつ今日の内に炒り豆を。祓ったあとは歳の分だけ食べるんだっけ。それだけでお腹が苦しくなりそうだな。

ショッカーの怪人の顔みたいな植物は、今が旬らしいちぢみほうれん草。
