「もっといい表情があったと思うんだけど」
近所のバーのカウンターでぼそっとつぶやいたご主人をフォローするためか、バーの店主が僕に意見を求めてきました。「写真を選ぶ側は、こういうとき何を基準にするんですか?」
これまた近所に昨年、その晩バーを訪れた夫婦による小さな飲み屋さんがオープンしました。なかなかの盛況振りは僕も横目で確認していたのですが、今年になってある雑誌で紹介されることになったそうです。そこに掲載された夫婦の2ショットが、件のご主人は今ひとつ気に入っていない様子。対して奥さんは、ボヤくご主人を笑っている。そうした結果を招く判断が、「こういうとき」のあらましです。
実はその2ショットを詳細に確認しなかったのですが、女性のにこやかさを理由にこう答えました。
「そりゃ優先するのは奥さんの表情です。女性が笑顔のほうが店の印象はよくなるし。いやまあ、撮影に不慣れな人たちの表情が整うのは、そもそも難しいことなんです」
微かに鼻を鳴らす音がご主人から聞こえた気がしたけれど、それで写真とこの話題を引き取ったので、何となく理解してくれたようです。でも、納得はしていないかもしれませんね。自分の妻が好印象なのはいい。しかし自分にだって自分のイメージがあるし、こんなはずではない……。
いやいや、納得云々に関してはあくまで作り話です。ただ、僕にしても「こんなはずではない」と思うことが多々あるので、勝手に想像したご主人の気持ちに寄り添いたくなったのでした。
誰かが撮ってくれる写真がねぇ、たいがい不細工。ひたすら現実を切り取るカメラに写るのは、常にありのままの自分に他なりません。だけど、こんなはずじゃないよなあと失望するばかりです。元より容姿が褒められる人生を生きていないのは百も承知。なのに、そうではない自分がいるという妄想はどこから生まれてくるのでしょうか。
ふむ、こういうオチではないな。雑誌で紹介される彼らの小さな飲み屋さんがますます繁盛することを祈るべきですね。こんなはずではなく写ったご主人の笑顔が実はチャーミングな事実も、ギャップがもたらす利ざやになるはず。何しろ人間は瞬間に立ち止まらない連続する生き物だから、写真なんて気にしなくていい……。なんてのは、自分を慰める都合重視の言い訳ですね。

雲の気配が変わった気がする。
