今日の祝日に際し、僕ら日本人がこの日を盛大に祝おうとしない理由について考えてみたのですが……。
昨年も書きましたが、潔く建国記念日とせず、助詞を挟んで建国記念の日としたのは、初代天皇とされる神武天皇の即位日であって、日本が建国された当日ではないのが理由らしいんですね。そもそも神武天皇の即位は紀元前660年という幻のように古い話なので、当の日本人もいつ日本が成立したかをよく知らないわけです。あるいは、成立や建国はさておき、ずっと昔からあったんだから気にしなくていいという、考えるまでもない当たり前が根付いてしまっているのかもしれません。だから祝う用意すらない。ふむ。
ならばこの日本で建国云々を祝う日などなくてもいいはず。しかし、それじゃいかんと腰を上げたのが明治政府です。神武天皇が即位した紀元前660年1月1日を新しい暦に合わせ、1873年(明治六年)2月11日を紀元節という祝日に定めました。その時点で、神武天皇即位の年を元年とする記年法の皇紀で数えると2533年。それだけの膨大な年数を有する国であることを、近代国家の樹立を急いだ明治政府は海外にアピールしたかったのだと思います。国を国として認めてくれるのは他国だから。
そうして天皇が国民の神様だった時代は、相応にお祝いしたらしいんですね。ところが紀元節の祝日は、100年も持たず消滅します。第二次世界大戦で敗戦した日本を統治することになったGHQが、1948年に廃止を決定。端的に言えば天皇に関わる権威等々を弱体化させるのが狙いだったそうです。
であればなぜ、と思ったりします。GHQによる統治が終了し、日本の主権が回復した1952年4月28日を、海外諸国の例に倣って建国または独立記念日にしなかったのか?
ふむ。そのあたりは、少なくとも明治以降の近代史を徹底的に再検証しないと一定の見解が出せないでしょう。だから今の僕が迂闊に語ることはできません。ただ、改めて建国に目を向け、1967年になり紀元節に由来する祝日を復活させる際、結局のところ「の」を挟んでしまった曖昧さが、この国の“らしさ”を象徴している気がしてなりません。それでいいのかか悪いのかよくわからないから、祝日を祝わない理由を考えるのが苦しくなったというのが本日の顛末です。ひとまず頭を空っぽにして、野球を楽しんできます。

小銭入れの中で100円玉がピカピカ。令和5年版の大放出でもあったのかな。
