僕が見たところでどうなるものでもないけれど

今日の日付に当たると、他のことが考えられなくなります。
2011年の今頃は、各地を取材する映像の仕事をしていました。しかし東日本大震災が起きた直後からは、他の案件も含めてすべてが中断。映像方面が再開したのは4月末でした。その1回目で、これまで取材でお世話になった東北方面の方々を訪ねることにしたのです。
最初に向かったのは、福島県二本松市のエビスサーキット。クルマやオートバイのレースを行う、山の中腹に設けられた専用施設です。コース脇の斜面の至るところで起きた地滑りも、アスファルトの方々で見受けられた亀裂や波打ちも、3月11日のままでした。
「再建の目途は立たないね」とつぶやいたオーナーに教えてもらったのが、サーキットからかすかに見える原発の位置。ここには何度も来ているのに、それがある場所を確認したのは初めてでした。
大きな地震から1カ月半。やはり余所者は、深刻な被災を目の前にして妥当な言葉が見つけられません。しかし件のオーナーはこう言ってくれたのです。「物見遊山でもいいから、実情を見ていって」
その言葉に支えられるようにして、僕らは北にクルマを走らせました。向かったのは宮城県名取市。仙台空港のある街です。東北道を降りて仙台市内を通っている最中は、特にこれといった震災による変化は見られませんでした。ところが名取市に入り、仙台東部道路の下を抜けたあたりで景色は一変します。
何もありませんでした。正確に言えば、ちょっと高い鉄筋の建物や、そこにあるはずがない漁船や、かつて住宅街があったと思しき家々の土台だけは残っていました。あるいは、家族写真が納まっていそうなアルバムや、小学生の体操着など、かつてそこにあった生活の営みも地面に張り付くという異様な形で示されていた。けれど、何もかもごっそりなくなっていたという他にない、それは僕の人生で初めて体感した絶望の光景でした。
今思うのは、二本松市と名取市のその後です。あれからの13年間で一度も再訪を果たしていません。僕が行ったところでどうなるものではないけれど、こうして何かを書く仕事をしている以上、折に触れ伝える義務があると考えるなら、無関心でいてはいけないと。
近々、熊本に行きます。この街も、2016年4月14日から16日の間に発生した7回の震度6弱以上の地震で大きな被害を受けました。僕が前回訪れたのは2019年の夏。その際は再び物見遊山という言葉に支えながら、広い熊本城を1周してみたのです。ここもまた、震災から3年が経っても地震直後の状況が至るところに残っていました。今回も、できれば時間をかけて歩いてみるつもりです。僕が見たところでどうなるものでもないけれど。

指の先には夜しかなかったけれど、彼にしか見えないものがあるのかもしれない。

 

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