気がついたらジーパンのケツに穴が開いていた事象すら何かしらの教訓にしようとする、毎度ウザい話です。
さておき、近所という言葉について意見を求められた場合、最初に検討するのは「どこまで?」という距離ではないでしょうか。そもそも近さは個人の感覚によるところが大きいので、「徒歩圏内こそ」から「クルマで30分」まで、様々な近所が出てくるでしょう。
他方、地方から中央に通う人は「1時間しかからない」と言いがちですよね。けれど中央から地方に向かう人は「1時間もかかる」と愚痴ったりする。これは、個々の距離感や時間の感覚を越えて、土地のヒエラルキーから生じる劣等感と優越感の差異そのものではないかと。それもまた感覚の問題なので、ネットが世界中を駆け巡っているこの時代、「地球のどこも近所!」と言い切れる人がいていいのかもしれません。
それも横に置いて本日取り上げたいのは、近所に対する甘えです。「すぐそこのコンビニだから部屋着のままでもいっか」と出かけてしまうことがありませんか。なぜ近所だとそういう体たらくを自らに許してしまえるのだろう。どんなにだらしない格好をした客が飛び込んできても、店員さんはユニフォームを脱ぎ捨てることなく、丁寧な対応をしてくれるというのに。
飾る必要がない。つまりは生活感をさらけ出していい。それが近所に託す許容だとしても、一方的に甘えていると痛い目に遭うようです。僕はジーパンのケツに穴が開きました。って、さすがに端折り過ぎだな。
何年か前に間違って買ったジーパンを近所用として穿き続けてきたら、自転車にもよく乗るせいかケツだけ色落ちが激しかったんですね。それを放置したまま、いつも通りの買い物後に部屋で脱いだら、親指が楽に入るほどの穴を発見しました。いつからだろう。ケツに穴が開いたジーパンを穿いた近所風の男を町の人に目撃され始めたのは……。
いやまぁ僕のケツなんて誰も興味がないと思いますが、大人としてはかなり恥ずかしい行為に他なりません。どこまで甘えていいかも個人の感覚に過ぎないので、距離に関係なく一定の礼儀は不可欠と反省しております。近所用ジーパンを一着失ったのも、なかなか手痛い。

気配を悟られす仲睦まじい姿を撮ろうとしたら逃げられた。デート中だったらごめん。
