心掛けと言えば大袈裟だけど、むしろ日々の小さな面倒をないがしろにしないため、「常に誰かに試されている」という暗示を自分にかけたりします。現実的には、誰もそこまで僕のことを気にかけちゃいないはず。しかし、目の前の面倒をすぐに解決しないとやがて必ず大きな面倒となって返ってくるに違いない。だから見えない相手を勝手に想像して、このテストに落ちたら次はないと我が身をけしかけるのです。でないと、たやすくどこまでも怠惰の海に漂ってしまう性格だから。
他方、実際に他者から試されるケースもあります。この前近所の飲み屋でとなりになった青年は現在、新たに借りる部屋の審査を待っていると話してくれました。彼女と猫と同居するのに最適な物件らしい。それだけにどうしても借りたいのだけど、これまでの部屋より家賃が高く、特に年収面で不安があるので、審査の行方が気になって仕方ないそうです。
いわば社会というものに試される心持ちなのでしょう。そういう試練を乗り越えないと大人になれないと思う彼の心情は、僕にもよくわかります。人生で初めて賃貸物件を申し込んだときに落とされた口ですから。ああいう審査って、通らなかった理由を教えてくれないんですよね。
それから、今はオンボロになったクルマを新車で買おうとしたときも、某有名組合の自動車ローン融資みたいのに通りませんでした。当時勤めていた制作会社が、帝国データバンクに載っていなかったからだそうです。社会の信用って、僕個人には向けられない非情さを思い知った件になりました。にもかかわらず、しばらくしたらまた同組合の融資お知らせがポストに投函されていたんですよね。今度はこっちから一生信用しないと決めました。
そんな自分のエピソードを、審査不安に陥っている彼にするのはさすがに気が引けます。彼の脇に座っていた同居予定の彼女が「大丈夫」と励ましたので、心の中で「同意」を叫びました。社会という実態がよくわからない相手が何を試そうとするのか、僕にしてもいまだに不明だけど、今度彼らに会えたとき引っ越しの準備が始まっていることを祈るばかりです。

先日の試乗車は、仏像っぽい半眼の、なかなかかわいい顔つきでした。
