運や縁を感じる物語

歳を重ねるにつれ、偶然はないと思うようになりました。なぜなら、過ごした時間の分だけ増え続ける様々な経験は、目の前で起きた出来事の布石だったと気付かされる機会が増えていくからです。
大仰な書き出しですが、要はギターの話です。こんなことがありました。
近所の食べ物屋のお兄さんが、僕も大好きなギターブランドの特別なモデルを欲しがっていました。いつだったか音楽の話をされて、彼の好きなミュージシャンの何人かに僕が取材で会ったことを伝えたのが、いわゆる意気投合のきっかけでした。
彼が求めていたのは、元より品薄な超人気モデル。ネットに情報が上がったそばから売れてしまうらしく、彼もネットを頼りに店まで足を運んだら、前日に売れてしまったという悔しい体験をしたそうです。
そんな逸話を頭の片隅に置きながらも、その日の僕はただ時間があったので、ギターの簡単な修理を依頼すべく楽器屋に向かったわけです。そうしてギターケースを持って家を出て、住まいから数歩のコンビニの前で買い物帰りの彼とばったり会った。店が近所でも、店以外で鉢合わせするなんてこれまでなかったのに……。
これでオチは読めますよね。それでもやはり奇妙なことに、僕が向かった楽器屋に彼が欲しがっていた希少なギターがあったのです。すべてを疑いました。こんなことがあるのかと。
これが怒涛の2日間の始まり。楽器屋から戻った僕は、急遽彼の店へ行き、すべての情報を伝達。そこで初のLINE交換をし、翌朝に彼の連絡を待って楽器屋に電話。取り置きを確約し、その翌日に試し弾きをすることに。さらに彼は、20年の付き合いがあるギターを含む手持ちの3本を下取りに出すと伝えてきました。そのメッセージの最後が、次のような一文。
「よかったら、いっしょに行ってくれませんか?」
当然クルマを出しました。そんなこんなで始終感謝されたけれど、僕は別のことに意識を取られていました。この出来事の最初の布石になったのは、まだ15歳だった40年以上前の僕が抱いたギターへの興味に違いない。それを思ったらあまりに感慨深くて、逆に感謝したくなったのです。
彼は言いました。「何かを手に入れるときや手放すときには、やっぱり運や縁を感じる物語があるといいですよね」
同感です。だから僕らは、何かを手に入れたり手放すための理由、言い換えれば決断の物語を常に探しながら生きているのかもしれません。その手掛かりになるのは、伏線回収を待つ人生の布石。そんなふうに考えてしまうのは、過去の記憶が多くなり過ぎた者だけかな。

特別仕様の貝細工も美しい1本だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA