『おにぎりの日』に誰を想うか

毎日何かの記念日。というわけで今日6月18日は、ポール・マッカートニーの誕生日でもあるけれど『おにぎりの日』。
石川県鹿島郡中能登町。当時の鹿西町にある杉谷チヤノバタケ遺跡の竪穴式住居跡で、1987年11月に「チマキ状炭化米塊」が出土。「チマキ状炭化米塊」とは、文字通りチマキのような細長い三角錐の米の塊が炭化したもの。それが日本最古のおにぎりの化石に認定されたそうです。
その発見が由来なら、出土した日を記念日にすればいいのに、先に制定されていた「毎月18日は『米食の日』」と、鹿西町(ろくせいちょう)の6をとって、6月18日を選んだらしいんですね。誰に気を遣ったんだろう? 一方で中能登町がつくった『「おにぎりの日」に関する条例』では、11月18日も『中能登町のおにぎりの日』に定めています。それほどまでに「毎月18日は『米食の日』」の影響力は強いのでしょうか。
ややこしさついでに言えば、『おむすびの日』も制定されています。こちらは、1995年の阪神淡路大震災が起きた1月17日。ボランティアのおむすびの炊き出しが被災者を励ましたことにちなんだそうな。であれば、人の絆を深める「お結び」のほうがふさわしいのでしょう。
ところで最近は、人が握ってくれた「チマキ状米塊」を口にしなくなりました。ここで言う「人が握ってくれる」は、素手を指します。衛生管理の問題があるので、一般販売に向かないのは理解しています。けれど、どんなに菌を除けられたとしても、ビニール製の手袋で握られたものを美味しそうには感じられないんですね。それでも頂きますけれど、やっぱりぐっとは来ない。
ゆえに僕のおにぎり観(またはおむすび観)の根幹を成すのは、信頼。原点は、信じて疑わない存在としての、母親の手料理なのでしょう。おにぎりには鬼切という縁起を担ぐ当て字もあるので、常在菌も含め素手で握ったものを信じたい思いがあります。つまるところ、『おにぎりの日』に誰を想うか、なんでしょうね。現代的にはコンビニを思う浮かべる人が多いのかもしれないけれど。

ホース一本で三方のスプリンクラーに挑んだ男。返り討ちにあってた。

 

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