例によって、どこにもたどり着けない話になります。発端は朝ドラでした。
ネタバレのボーダーラインを擦りますが、あちらも昭和を描くとなると戦争を避けられないのが通例で、現在放送中の『虎に翼』は戦後間もない時代が舞台。新設された家庭裁判所で働く主人公は、町にあふれた浮浪児と向き合っているところです。
劇中で登場する浮浪児とは、おおむね戦争孤児です。親を亡くした大勢の子供たちが行き場を失った件が社会問題になったことは、史実で知っていました。しかし、僕は浮浪児を見た覚えがありません。親の言葉の中に多少の痕跡が残っている程度でした。たとえば風呂に入るのを渋っていると、「浮浪児みたいになるぞ」と叱られるときに耳にする程度。それゆえ浮浪児に関しては、ドラマを眺めていても「そうだったんだ」と思うだけです。
一方で少し前、主人公が戦後の町を歩くシーンには傷痍軍人の姿がありました。僕は彼らを見た覚えがあります。
傷痍軍人とは、戦争で怪我を負った軍人や軍属のことです。本来的には、戦地から戻った後の生活が保障されなければなりません。けれど、どの国のどんな戦争も、たいがいは終戦を迎えると見ぬふりをする存在に追いやってしまうみたいです。
僕の子供時代、というのは1970年代の初めあたりまで。繁華街を目の前にした大きな駅の周辺には、腕や足の一部を失った傷痍軍人がいました。ハーモニカなどを吹くかたわらにお金を入れてもらうための鉢などを用意して。
働く場所がない彼らの行為は街頭募金と称されたそうですが、それも禁止令が出たせいで、市民も対応に困ったらしいんですね。僕は親から、詳しい説明がないまま「見てはいけない」と諭されました。でも、よく覚えているんです。人の形をした白い影のような塊を。
今となっては街中で傷痍軍人を見かけなくなりました。おそらく、ほとんどの方がすでに他界されたのだと思います。そうして彼らもまた史実だけになっていくのでしょう。
ただ、戦争の実体験がまるでないにせよ、終戦から17年後に生まれた僕には、戦争が引き起こす深刻な後遺症の断片を目の当たりにした過去があるわけです。朝ドラでその事実を突きつけられたとき、こう思いました。世界中で起きている戦争や紛争も、終戦や停戦ですべてが終わるはずはないんだと。思ったところで何もできないのも例のごとくですが。

頂き物のカンカン。群馬あたりのおばちゃんの家にはどこでもあるそうな。
