たとえば、非常に陳腐な仮タイトルですが、『私の○○物語』を語る機会が与えられとします。『○○』に入るのは、あなたの人生に大きな影響を及ぼした人や物や事です。あれこれ語りやすいのは人物かもしれません。昔からずっと好きなミュージシャンとかだとわかりやすくなるかな。
『物語』の基本は起承転結なので、その人との出会いから話し始めるのがよいでしょう。歌手であれば歌声やルックスに惹かれたとか、シンガーソングライターなら歌詞やメロディに心を打たれたとか、様々な理由が挙げられます。
とても大事なポイントは、出会ったタイミングの自分の環境や心情です。この世界にはたくさんの表現者と表現が存在しているけれど、そのすべてを一人の人間が知るのは難しい。あるいはすべてに触れられたとしても、すべてに心を奪われ続けることもないと思います。
ゆえに、長きに渡って興味を保てる人・物・事に出会うためには、あなたにこそ出会うべきタイミングが備わっていたと、そうとらえていいのではないでしょうか。憧れというのは、対象に向けた思いそのもの、またはその存在なくして抱けない感情と考えがちです。しかし『私の○○物語』が幕を開けるために必要なのは、『○○』を好きになれたあなた自身です。そもそもこの仮題の主語であり所有格に立っているのは『私』に他なりません。ですから、憧れの『○○』に会って言葉を交わさずとも物語は成立します。むしろ実態に触れたら、そこでページが終わってしまうかもしれない。
え~と、本日訴えたいのは、『私の○○物語』の主人公は『○○』ではなく、『私』であるという真実です。そんな悟りを開けたら人生観が一変するわけでもないでしょうが、何かの折に物語を綴ったとき、そういう人生も悪くないと自分を褒めてあげられたらいいなと、そう思うのです。
僕にも『○○』にその名前を入れたい音楽家がいて、その人のライブを土曜日に観てきました。僕より10歳年上で、すでに活動50周年を越えていながら、今でも5000人収容のホールの公演をソールドアウトにできる人です。仕事関係のご招待でした。役得と揶揄されるかもしれません。けれど、ご招待いただける仕事をしてこられたんだと思ったら、何だか涙腺が緩んでしまいました。
そして当然のことながら、ホールを埋め尽くした一人ひとりにも『私の○○物語』があるわけです。そうした個々の『物語』を受け止めながら舞台に立つ『○○』にも、きっと『私の物語』があるはずです。それをテーマに話を聞いてみたい意欲が沸くのも、僕なりの『物語』です。

物語に新たなページを書き加える公演まで、あと30分。
