物言いがクリア

仕事ができる人、ないしはいっしょに仕事をしたいと思う人は、およそ物言いがクリアです。仮に発言の中身が自分にとって不都合であっても、クリアであれば理解と納得が得やすくなる。そのスピード感に惹かれるわけです。
しかし、物事をクリアに伝えられる人は意外に少ない気がします。鮮明な発言は厳しさを伴うと考えているのでしょうか。厳しい感じは相手にすまないと思うから? あるいは、自分が厳しい人間と思われたくないから? どうなんだろう。
もちろん物言いには、ある程度の配慮が必要です。言葉に音が乗れば文字面の意味合いも変わってきます。だからこそ話し方の術を磨く努力も大事。
その上で重要なのは、伝えるべき内容がどうであれ、可能な限り余分を削ぎ落した的確さではないでしょうか。それを突き詰めるあまりエッジの利いた物言いになるとしても、勝手に気を回された挙句に情報が不十分だったりすると、伝えられたほうはモヤモヤしたままになりますよね。どうせなら、煮るなり焼くなり、その場ではっきりしてもらったほうがいい。
特に相手の不利益になりそうな伝言だと、「みなまで言わせるな」とか「空気を読め」という無言の圧力をかけられる場合があります。それもできればやめていただきたい。言葉で示し始めた以上、言葉で示し切ってもらわないと正しく理解できません。決定的な部分を濁したい気持ちはわからないでもないけれど、そうして逃げれば遺恨を残すんじゃないでしょうか。
厳しく、ではないな、的確に物を言えない人は、いい人と呼ばれたりします。「だから、あまり責めないでおいて」といさめられたりもする。では、的確な物言いの人は悪い人なのでしょうか。少なくとも僕は、物言いがクリアな人が好きです。それが悪人に見えようと、そうではない人よりもはるかに建設的な仕事できることを僕は知っています。
いやまぁ、決定権者との間に立って僕と交渉しようとした方が、いかにもいい人だったんですね。正直、ちょっと苦手だなあと思っていたらすっかり振り回されてしまったと、そんなことがあったという話です。

引き続き、熱闘少年野球の現場から。

 

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