「オレの顔は老けた」

先週の話ですが、プロゴルファーの石川 遼さんが2年ぶりに優勝しました。前週の試合でも1位でフィニッシュ。しかし同点だった選手とプレーオフと呼ばれる延長戦で惜敗。それでも翌週もトップというのは、すこぶる状態がよい証拠だと思われます。
その石川 遼さん、って呼び方はなんかしっくりこないので、無礼承知で遼くんにしますが、優勝後に報じられた彼の嘆きに興味を覚えました。概要はこんな感じです。
「あちこちで『石川遼、老けたなぁ』ってコメントが出回ったらしいんです」
まったく世間は嘆かわしい。まずは結果を称えるべきでしょうが! それに現在の遼くんは32歳。厳しい勝負の世界に生きているので、精神的にはそんじょそこらの50代より成熟しているはずですが、それにしたって見た目は年齢にふさわしい若さに満ちています。
世間の阿呆さが理解できないわけではありません。多くの人々の遼くんイメージは、世界最年少優勝など、前代未聞の大活躍を見せた10代半ばで止まったまま。それゆえ久しぶりの優勝をメディアが取り上げると、それぞれの過去のイメージと重ねられてしまうのかもしれません。遼くん本人は、それら残念なコメントを真に受けていないでしょうが、気の毒なことではあるし、発言するなら各々自分の顔を鏡で確認してからにせよと注意喚起したい思いに駆られます。
まぁでも、歳とともに顔は変わりますよね。筋肉が緩むだけではなく、骨も縮むらしいから、加齢による顔の変化は止めようがないみたい。僕もごく稀に昔の自分の写真を見たりすると、ずいぶん厳しい顔つきになったもんだと、いくらか悲しくなります。かなり間を開けて再会した人に、「こいつ老けたな」と率直な感想を抱かれても仕方ないでしょう。
遼くんほどの知名度はなく、友人知人も少ないので、今のところは「老けたな」と言われる機会がほとんどありません。けれど、きっと時間の問題。誰かにつぶやかれてショックを覚えるくらいなら、「オレの顔は老けた」と自らに繰り返し念じておくべきかもしれませんね。そうして変化を受け止めた上で、厳しめのフォルムながら笑い皺が刻まれた顔になれたらいいのかな。
それでもやはり、現役バリバリの遼くんには、そんな念仏を唱えさせたくない。これは、誕生日が同じというだけで勝手にシンパシーを感じている者の願いです。

毎年感心するけれど、紫陽花って持ちがいい。

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