どんどん鈍くなってく

「4年に一度が待ち遠しくて仕方ない!」という熱狂的なファンの方には、実に嘆かわしい態度と叱られるかもしれません。あるいはこの話をするなら「いよいよあと1カ月後」というような、切りのいいタイミングを選ぶべきだったのかもしれません。それでも何と言いますか、昨日あたりになって、「そうか、来月なんだ」と気づく鈍さが、僕の実際的なオリンピック観を示しているように感じた次第なのです。
パリ、です。セーヌ川で開会式が行われるんですよね。そのくらいはもちろん知っています。なかなか洒落た演出だと思うけれど、開かれている川沿いの警備の難しさがニュースで報じられていました。開催に向けて街中の規制もどんどん強化され、市民の皆さんは相応の負担を強いられているとも聞きました。それはさぞ大変なことでしょうと、前回のオリンピックが開かれた街に住む僕としては、多少なりともご苦労をお察しすることができます。
そしてまた同時に、数十年に1回あたりの割合で直面する大変さは、もういいかなと身勝手な思いが沸くのも事実です。
そんな気分の源にあるのは、長年培われた「オリンピックは遠くの国で行われるもの」という観念なのでしょう。これは、揺れに揺れまくった新国立競技場建設計画などの諸問題と対峙しつつ、いよいよ幕を開けようとしたらコロナの襲撃をまともに受け、これまた揉めに揉めた末1年延期で開催した、歴史的と形容していいほど気の毒な大会の主催国民だったから、という実感が多少なりとも含まれています。
けれどそれ以上に、東京オリンピックが終わって3年が経ち、その具体的な収穫みたいなものを、都民の僕が感じ取れていないところが大きいのではないでしょうか。ただのお祭りだから、深く考えなくてもいいのかな。けれどオリンピックを大事にしている人々、特にアスリートの皆さんには、それじゃ申し訳ない気もするんですよね。
そんなわけで個人的には、オリンピックに対してどんどん鈍くなっていくようです。じゃテレビ中継を見ないのか問われたら、それは別。開会式もチェックするでしょう。ただ、ルーティンだったセーヌ河沿いの散歩が何日もできずに機嫌を損ねている人のことを想像しながら、ですが。

街がゆがむほど降った。

 

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