クレジットという言葉を耳にしたとき、多くの人はクレジットカードを頭に浮かべると思います。僕らの業界では、著作権者の氏名を指したりもします。「クレジット、入れる?」みたいな使い方で。この場合も、正しくはクレジットタイトル。日本人は外来語を略しがちなので、このような意味の重複がそこら中で起きています。
さておき、何かと記念日が多い本日7月1日は、『クレジットの日』でもあるそうな。1961年の今日に割賦販売法が公布されたのが由来。なので、クレジットカードに類します。しかし、割賦販売という名称もほぼ死語ですね。購入商品を分割で支払う方法で、それも現在ではクレジットと呼ばれるんじゃないでしょうか。
クレジットの語源は、ラテン語の「貸し付け」。それが英語のCreditでは、信用や信頼に転じたらしい。ゆえに割賦販売ひいてはクレジット払いは、販売店および信販会社と、支払い手である消費者との間の信頼関係で成り立つことになります。それが時にはおっかない契約に変わるんですよね。
20代後半の第一期フリーランス時代は、某百貨店系列のクレジットカードに大変お世話になりました。その時期は仕事も少なく、先立つものも足りなかった。どうしようと悩みながら、私鉄からJRに乗り換える道を歩いていると、その途中にキャッシュディスペンサーという、貧乏フリーランサーにはまぶしいくらいカッコいい名前の機械が置かれていました。
これがまた、クールな名称のわりに親切。カードを差し込んで暗証番号を入力すれば、瞬く間に現金を用意してくれる。それが利子高めの借金であることは重々理解していました。でも、なんです。ああいうときは、背徳感のようなものが背中を押すんだろうな。
そうして当初は、この世界で唯一の味方に思えた存在に感謝を抱くわけです。やがて繰り返し利用するたび、機械に向かう足取りがだんだん重くなっていく。最終的にいくら借りたんだろう。30代に入り、会社員編集者となってからも数年間は返済していたから、なかなかの額だったんじゃないでしょうか。
信用と責任は表裏一体。そんな社会の仕組、というか掟を痛感した経験があるので、僕は今でもクレジットカードの使用にためらいを覚えます。今日が『クレジットの日』なのは初めて知りましたが、またひとつ戒めの日を与えてもらえたことをありがたく思うことにします。

梅雨空野球。蒸し暑かったな。
