許す機会を

なぜ辞退だったのか、それがわからないのです。いやいや、ここでは迂闊に時事に触れちゃいけないんだった。なぜなら、事が起きた直後に飛びついてしまえば、様々な意見を十分に咀嚼できないまま自分の考えを発してしまうことになるから。たいがいは激しく後悔します。より正確な情報を後に聞かされるまで、知ったふうな顔でいた自分の無恥さを。なおかつ時が過ぎて皆が事を忘れてしまえば、いちいち省みななくてもいいやと黙ってしまう卑怯さを見て見ぬふりしていくことも。
なので現時点では後悔確率90パーセントで書きますが、それでもやっぱりなぜ当人自らの判断で退く意思を示した辞退となったのか、そこが僕にはわかりません。え~と、どんな事に触れているかはすでにお気づきですよね。
このニュースが伝えられたとき、「彼女の今後はどうなるんだろう」と心配された方は少なくなかったと思います。無論、国の法律や、さらには特定の委員会や協会が定めたルールを破れば、相応の罰則が下されるのは止むを得ない。しかし、低年齢化が著しい体操界に19歳の彼女が再び戻ってくるのは、素人考えでも難しいでしょう。それだけでなく、人生100年と言われるこの時代、この先一般的な社会人として生きていけるのかどうか。
そんな一人の人間の将来を考えた末の決断が、当人ではなく他人が発表した辞退で本当によかったのか。そこが僕にはわからないのです。おそらく、発表に至るまで検討した他人たちも、よくわかっていないんじゃないでしょうか。
こんなことを考えました。当人が辞退を告げる場を設けてあげる手立てはなかったのかと。それじゃ針のむしろに座らせるようなものだと非難されるかもしれません。けれどこの国の成年年齢は18歳なので、大人として発言させてあげれば、何より当人にとって区切りをつけられたんじゃないかと思います。
誰でも罪を犯すと言います。それに対する罰を受け入れても、罪を許すのは自分じゃないんですよね。周囲がその機会を与えない限り、当人は悔いから逃れられない。そういう公式なチャンスがなるべく早く彼女に訪れることを願ってやみません。

表通りの裏にひっそりと@日光。

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