若めに見てもらえる弊害

「せいぜい3つか4つ年上と思ってましたよ。まさか60歳をこえているなんて、今年一番の驚きです」
これまた木曜日の男子プロゴルフツアー取材での話。出会ってから10年以上が経つ人と現地で1年ぶりに再会して、しばしパラソルの下で休憩したとき、ふと年齢の話になりました。要するに、若いと言っていただけたわけです。ただの社交辞令ではなく、その人が心底驚いているのは表情から見て取れました。なおかつ多少の呆れも感じられたのは、僕が炎天下を歩くのをさして苦にしていない様子を目にされたからだと思います。
うれしくないはずがありません。とにかく、くたびれた男に思われまいとして生きているので、何が功を奏しているかよくわからないけれど、若めに見てもらえるのは一種のご褒美と言っていいかもしれません。
ですが、驕りや自惚れは厳禁なのです。驚いてくれた人は51歳だそうで、彼の3つか4つ年上と言えば54歳か55歳ですから、61歳という僕の実年齢と大差はなく、感覚的誤差の範囲に過ぎません。還暦越えという事実が錯覚を引き起こすのだろうけれど、60歳の誕生日を迎えた瞬間いきなり爺さんにはならないんですよね。それは30歳でも40歳でも50歳でも同じ。
他方、若めに見てもらえることにも弊害はあります。その起伏の激しい観戦路を歩くゴルフツアー取材の最中、右腰に違和感発生。ストレッチなどして様子を見たのだけど、後半戦に入って原因をつかみました。少し前に話した足の親指の巻き爪を気遣い、下り坂で体重を後ろにかけ過ぎたことが腰に響いたみたい。むしろトントン降りたら解消。巻き爪は加齢だけでは起きませんが、まぁ長く生きていればいろんなトラブルを経験するわけで、オレちっとも若くないじゃんってひっそり苦笑いです。
ただ、僕に驚いてくれた人に腰の話はできませんでした。何と言うか、期待を裏切るみたいで申し訳なかったから。それこそが驕りや自惚れと指摘されるかもしれません。しかし、若めに見られたいのではなく、こうでありたい自分を貫くために多少の無理が必要なことを知っている以上、自分自身の期待も裏切りたくなかった。それはつまり、諦めが悪いってことですけれど。
でも、痩せ我慢じゃないんですよ。歩き方を改めたら本当に痛みが消えたんです。そんな説明がすべて言い訳になりそうな年頃だから、お褒めや呆れのお言葉を遠慮なくいただくようにしています。それに、どう見えるかは自分のコントロール外ですからね。

網戸にバッタ? 5階なのに? そんなに跳躍力があるのか?

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