海外でも活躍した知り合いのフィジカルトレーナーに会ったとき、どうしようもない愚痴をこぼしました。スポーツでの体格差はどうにかならないものかと。
「それはまぁ、どうしようもないですよね」
プロフェッショナルがそう言うんだから、やっぱりどうにもならないみたいです。
この時点でオリンピックには触らないほうがいいのだけど、たとえばバレーボールやバスケットボールの試合で、日本チームが身長で負ける様子が悔しかったんですよね。どこの国かは忘れたけれど、あれは女子バレーだったな。2メートルを優に超える選手がさしてジャンプもせずにアタックやブロックを決めた後、ニヤニヤ笑っているのが何とも腹立たしかった。
え~と、ニヤニヤ発言は撤回します。僕の個人的な観点に過ぎません。それに彼女は、ポイントを取って単純にうれしかっただけなのだろうから。
ただ、高身長が優位に働く競技で得に背の高い選手は、押しなべてそんなに飛ばないみたいなんですよね。対して日本の、というか、およそ平均身長が低い国の選手は、とにかく高く飛ぼうとする。そのためには並外れたトレーニングが必要で、試合でも著しい筋肉疲労に襲われるはず。つまり激しい努力を重ねても、体格の壁を越える難しさに常に晒されてしまうわけです。
中学のバスケ部時代、2年生になった僕は呆気に取られました。新入部員の1年生の中に170センチを超えるヤツが2人もいたからです。嫌な予想はあっという間に的中。彼らは即座にレギュラーとなり、僕の居場所はなくなった。
「ただ、外国の選手はみんな驚きます。日本人なはぜあんなに練習できるのかと」
再びフィジカルトレーナーの発言。そうなんですよね。僕にしたって、もっと練習すれば背の高い1年生に勝てたのかもしれません。けれど部長先生は、体格で劣る僕らに新たな指導をするより先に、彼ら身長の高い新人の抜擢を決めました。あれは無言の諭しだったのかな。現実はかくも厳しく、時に諦めも肝心なのだと。
今日の話、どこに導きたいんだろう。40年以上も前の出来事を根に持っているから、日本人選手の頑張りを称えられないでいるのかな。いやまぁ、根性のねじ曲がりに自覚はあるけれど、何度も高く飛び上がり、それでも跳ね返される試合を最後まで見届けていたら、すっかり疲れてしまいました。選手たちの心身はその何十倍も疲弊しているとわかっています。だからこれは、口にすべきではない、どうしようもない愚痴でしかありません。

「低く垂れこめる」様子の、非常に具体的な描写。
