やはり毎年同じようなことを書くのだけど、この日を迎えて抱くのは、もっと多くを知らなければならないという自戒の念に他なりません。
8月15日を「終戦の日」としたのは、1963年の閣議決定によるものだそうです。これは皆さんご存じのように、天皇自らラジオで終戦の詔書(しょうしょ)を読み上げた、1945年8月15日に由来しています。筋が通っているように感じますが、日本と戦った諸外国の多くは、日本が降伏文書に調印した9月2日あたりを「戦勝記念日」としているんですね。そのズレについては、あまり多くの説明を受けていません。
そしてまた不思議なのは、戦争が集結して18年が過ぎた1963年に至るまで、明確な「終戦の日」を持たなかったこと。1963年は、僕がこの世に生まれて1年目でした。あまりに幼かったので、閣議決定もその伝えられ方も記憶に残っていません。ただ、戦後の混乱みたいなものを引きずっていた時代の空気を吸っていたかと思うと、足元が揺らぐような奇妙な気持ちになります。
それよりもとにかく、なぜ日本人は「終戦」と呼び続けるのか。これがいちばんの疑問です。「終戦」とは戦争の終わりを意味しますが、「終」を用いると、自分たちが関われない他力への依存が強く感じられてしまうと思うのです。もちろん戦時中の多くの日本人にすれば、こんな不幸な時代が早く終わってほしいと心から願っていたのはよくわかるのだけど。
やっぱり僕は、いろんな事柄を知らなすぎます。現時点で27年を過ごした昭和については特に。
もっと学べ。僕にとっての8月15日は、そう自分に言い聞かせる日です。

何かに見える。何に見える?
