売血禁止からの、史実が起きたときに生きてるオレ

またしても日付からお題をいただきますが、今日は『献血の日』だそうな。これに注意が向いたのは、「すべての輸血用血液を献血で確保することが閣議決定された1964年8月21日」を記念の由来にしているから。では、それまでどうやって輸血用血液を確保していたかというと、売血が主流を占めていたらしいんですね。ちょっと、いや、なかなか驚いてしまいました。
売血とは、文字通り一般の人が自分の血液を売ること。買い手となるのは、かつて存在していた民間の商業血液銀行でした。血液銀行側にすれば、買血となります。すぐさま気になるのは、いくらだったかということ。阪南大学のサイトにこんな記述がありました。「1964年12月の新聞記事によると、400ccで1200円ぐらい」
その価値について、「当時の高校卒業程度の国家公務員(一般職)の初任給が約1万4000円(現在の初任給15万円程度)」という指標も紹介されていました。1万4000円を30日で割ると約470円。自然と溜まる(ように思える)自分の血液を1回売れば、件の公務員の2日半分を稼げることになります。
当然のことながら、不必要に血を抜けば健康被害が出るのは必至。しかし戦後の日本は貧しく、採血の最少年齢を偽ったり、日を置かない採血を繰り返したりしながら、手っ取り早い現金確保を選ぶ人が絶えなかったそうです。日本赤十字社によると、1カ月で70回以上も売血した人がいたらしい。それが荒廃した時代の真実なのでしょう。
売血はやがて社会問題に発展します。売血者の貧血多発と、売血輸血による血清肝炎などの病気の増大。度重なる売血行為による血液は、血球部分が少なく黄色い血漿部分が目立ったことから「黄色い血」と呼ばれたそうな。そんなもの、なんで使うんだ? と思いますよね。
医療衛生面ならびに社会秩序的において野放しにできない習慣を断ち切るため、今から60年前に売血を禁止する旨を閣議で決定。そして輸血は、無償提供による献血のみで行われるようになっていった……。
以上は、我々が知っておくべき血液事業の歴史に刻まれた史実。そういう表現を用いると、かなり昔のことのように思うのだけど、1964年8月21日の僕は2歳になる直前だったんですよね。史実が起きたときに生きてるオレって何? いやまったく、サスペンスに放り込まれたような錯覚に陥ります。この感覚、8月になってから多いんだよなあ。なおかつ今後ますます膨らみそうな気配も感じます。慣れが解決するんだろうか。

2024年8月第3週末のオレの影。

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