定次郎さんのバイオリン

明治十三年だから1880年の8月28日。東京は深川で三味線づくりに励んでいた松永定次郎さんが、初の国産バイオリンを完成。それを記念して、今日は「バイオリンの日」に定められているそうな。
定次郎さんのエピソードが素敵です。根っからの江戸っ子職人なので、好奇心旺盛だったのでしょう。自分がつくる三味線によく似たすこぶる音色のいい楽器があると聞きつけ、それがバイオリンと知ると、東京中を探し回ったらしい。たどり着いたのは神田駿河台のニコライ堂。何とか頼み込み、手持ちのバイオリンの採寸をさせてもらえることになった。本当は1台譲り受け、バラバラにして隅々まで研究したかったんだろうな。
それが叶わずとも、三味線づくりで鳴らした職人魂の震えは止まらなかったんだと思います。自分で書いた図面をたどり、見様見真似でこさえていきました。ただ、さすがにバイオリンに適した木材は調達できなかったらしい。それでも定次郎さんは諦めず、輸入されたラシャを収めた木箱からバイオリンをつくり上げてしまいました。
どんな音が鳴ったのか知りたいですよね。ところが、身近に弾ける人がいなかった。たぶん定次郎さんも弾き方までは知らなかったんじゃないでしょうか。であれば、形だけの国産初に留まったのかと思いきや、定次郎さんの職人魂はそう簡単に燃え尽きるものではなかった。ひたすら見様見真似を繰り返し、最初のバイオリンを仕上げてから27年後、ついに宮内庁が買い上げてくれるまでの一品を仕上げることができました。
胸を打たれます。僕にもバイオリンの思い出があります。高校に入り、ギターが弾ける部活を探していて出会ったのが弦学部。ただし、ギターを弾いてもいいけれど1年の夏休みまでは部が保有しているバイオリンを習うのが入部の条件でした。
これがまるでダメ。それから40年くらいしてチェロも試してみたのだけど、僕にはクラシック系の楽器のセンスが皆無。バイオリンもチェロも、ギターには備わっている音階を示すフレットがないからだと思いました。それさえあれば、どこでどんな音が出るのかわかるのに。
やがて気づくのです。クラシック系の楽器は絶対音感が必要なのだと。そんなもん、どこにも売っていない。だから諦めました。しかし、もっと見様見真似を突き詰めていたら、少しはそれなりに弾けたのかもしれない。鍵盤楽器もそうだったけれど、こりゃ無理と思うとすぐにギターに逃げたもんなあ。僕の場合、執着できる範囲も極めて狭いんだと思います。そんなわけで、定次郎さんの執念が心の古傷に沁みました。その痛み、バイオリンならどんな音で表現してくれるんだろう。どなたかぜひ。

連日の雲写真で恐縮ですが、今週はもくもく感が続くみたい。そして、蒸す。

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