忘れ物の罪

罪というのは、自ら犯して初めて、その深さや重さを知るのだと思い知らされました。
仕事ノートの現場置き忘れ。僕は通常の取材で、大小2冊のノートを持ち込みます。B5サイズの大ノートは聞いた話のメモ用。相当に書き殴るので、自分で書いた文字が解読不明になる場合もありますが、時に秘匿情報が記してあったり、何より原稿の源泉になる言葉だらけなので、社会的信用の見地からも極めて重要度が高いものです。
一方のA5サイズ小ノートには、取材対象のプロフィールや質問事項を書き留めておく資料的役割を課しています。そこに記された情報は、およそ誰でも調べ得るものなので、仮に紛失しても機密保持契約には反しないはず。
だからぞんざいに扱っていいのかと言えば、そんなことはありません。管理の不手際は、僕の忘れ物に気づいてくれた方に多大な迷惑をかけます。
何を大袈裟に語っているかというと、小ノートには仕事関連以外のメモも少なからず残っているから。知人などから電話で聞いた話の断片や、ここで何かを書くためのヒントになる単語。あるいは、晩飯のレシピ。あとは……。小ノートは読み返す機会が少ないので、自分でも何を書いたかよく覚えていません。いずれにしても、サイズの手軽さから生活に関する事柄までメモしているのは間違いない事実なのです。
「ノート、忘れていませんか?」
連絡をくれたのは、その日の現場担当者。親切にもすぐに送るとおっしゃっていただいたお言葉に甘えました。中身までは目を通さなかったと思います。そこに疑念はありません。ただ、表紙に自分の名前を書いているわけではないので、持ち主を確かめるくらいにはページを開きますよね。街中で財布を拾ったときと同じように。
それは、かなり気まずい行為に違いありません。まともな感覚なら、個人の秘密や奇妙な趣味などを知ってしまった後味の悪さなど経験したくないし。にもかかわらず、持ち主に返そうとする使命感のもと、できれば避けたい確認作業を実行させてしまうのが忘れ物の罪です。相手の精神的負担を考えたら重罪かもしれない。本当に申し訳ありませんでした。
善意に包まれた小ノートが戻ってきました。すぐにお礼のメールを送ったのは言うまでもありません。そうして小ノートを見返したら、確定申告の経費計算のメモがあったりして、そんなもの仕事ノートに書くべきじゃないと、改めて罪の重さを大反省しました。見つかってよかったのは自分の都合。それじゃ済まないこと、肝に銘じます。

台風が熱帯低気圧に変わった日の夕景。

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