君子になれよ

嘘の善悪を問うつもりはありません。ただ、嘘をつく人は、嘘をついたことを忘れられるというか、自分の言動を見直すことがないのだろうという話です。
特定のジャンルに属する複数のプロジェクトが同時進行していたとき、仮称Aさんが僕にこうつぶやいたのです。
「俺はいつまでもこのジャンルに留まる気はない」
彼の気持ちが理解できなくはありませんでした。僕もある特定のジャンルからこの仕事を始めて、フリーランサーになるのを機会にいろんな領域に触れてみたいと思ったからです。
ただ、発言のタイミングに驚きました。同時進行していた複数のプロジェクトは、これから盛り上げていかねばならない大事な時期を迎えていたからです。あるいは、彼が僕だけに将来を打ち明けてくれたのだとしても、元来の飽きっぽい性格を露にした、すぐにでもあくびが出そうな表情で言うのは、本当に間が悪いと感じたのです。そのプロジェクトに興味を持って集まった彼の部下たちには聞かせられないとも思いました。まぁ、“そういうタイプ”であることは薄々気づいていましたが。
彼とは結局、反りが合わなかったと自分を納得させ、僕からそのプロジェクトを離れました。辞退する理由を可能な限り理路整然と綴ったメールを送ったのを最後に。
それから数年が経ち、件のプロジェクトが止む無き事情で終了するので、最終回の記念企画に協力してほしいという連絡が来ました。かなり悩みました。でも、彼との関係性とプロジェクト自体は無縁と割り切り、様々な思いを封印して承諾したのです。
ところがそのプロジェクトは、出資者を変え、間を置かず再開しました。またかよと。あれこれ苦いものを飲み込んだ僕の気持ちはどうなるんだと。何かねぇ、何だかでした。
彼は今でも特定のジャンルに留まり、新プロジェクトの進捗をSNSで発信し続けているそうです。魅力的なタイトルに賛同する人がとても多いようなので、僕が何を言っても妬みにしかなりません。それを承知の上で、こんなトピックを持ち出しました。凄いなあと思っています。嫌味ではなく、僕なら怖気づいてできないことをやり続けられるところが。
彼からは、ひとつの人生訓を教わりました。自分の言動を見直さない人間には注意しなければならない。つまりは「君子、危うきに近寄らず」。ここで言う君子は、徳のある優れた人物を指すそうです。つまるところ、君子になれよオレ、という話でした。

17日午後5時53分。目線とほぼ同じ高さの、中秋の名月。

 

 

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