秋刀魚哀歌 2024

「さんまを自分で焼いてみる?」
そんな発想が脳裏をかすめるなんて夢にも思いませんでした。例によって無駄話ですが、よかったら聞いてください。まずはサンマとの出会い。
バスケの部活に明け暮れていた中学時代。身長を伸ばすにはタンパク質とカルシウムをたくさん摂るのがいいと聞いた日から、母親にわがままを言いました。牛乳を毎日1リットル。それと、できるだけ晩飯にサンマの開きを。干物を選んだのは、苦手だった魚の中でも食べやすかったからだと思います。
そうしてタンパク質とカルシウムを大量摂取した結果、中学3年間で20センチ伸びました。それが栄養分のおかげなのか、元から僕に与えられた成長の限界かは判定不可能です。それでもサンマが好きになれたことで大人の階段を上れたのは間違いないところでしょう。
時はうんと進み40代後半。和食屋などに通い始めて、この世のものとは思いないほど美味しい秋刀魚の塩焼きと巡り合いました。漢字を充てたのは、庶民の味方の食材でも、調理次第でご馳走に変わる事実を知ったからです。
料理人に供された当時の秋刀魚は、ぶりっぶりに太くて脂も乗っていて、本当に素晴らしかった。けれど、蜜月は長く続きません。
心から愛していたその和食屋が閉店。秋刀魚孤児に陥った僕は、秋刀魚を焼いてくれる店を探して街をさまよい歩きました。ようやく見つけたのは、日本酒の品ぞろえも豊富な居酒屋。この時期になると、僕のためにさんまを仕入れてくるほど懇意になりました。
なのにまたしても閉店。コロナ禍の経営不振から立ち直れなかったようです。だから責めることはできないけれど、それ以来僕は、さんまもサンマも秋刀魚も食べていません。
理由はシンプル。僕にとってさんま・サンマ・秋刀魚は、長男の要求に応えた母親に始まり、腕の立つ料理人が手塩にかけて仕上げてくれる、つまりは人様に焼いていただくものだから。であれば、自分で買ってきて自宅で焼くなんてあり得ないわけです。あの秋刀魚たちを再現できないなら、美しい記憶を汚すだけになるから。
にもかかわらず、なぜ「さんまを自分で焼いてみる?」と思ったのか、いまだに訳が分かりません。欠乏感が限界に達したのだろうか。いずれにせよ無謀な思惑が頭をよぎった瞬間から、様々な方法を調べています。どなたか、僕にも可能な美味しく焼ける方法を教えてください。尻込みしたまま旬が終わってしまう前だと助かります。

キャッチャーの防具です。試合後は水洗いして干します。

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