三連休最後の14日は、横浜赤レンガ倉庫で開催された、斎藤 誠さんのデビュー40周年記念ライブツアーのファイナルへ。ホールがあるのは1号館で、二棟ある短いほうがそれと正しく認識したのは今回初めてでした。
齋藤 誠さんはシンガーソングライターで、僕が長く仕事させてもらっているマーティンギター関連でお付き合いがあり、サザンオールスターズのサポートギタリストを務めていると言えばご存じの方が多いかもしれません。
さておき誠さんはMCで、1988年に発売したシングルのミュージックビデオを横浜赤レンガで撮ったと語りました。当時の倉庫は、公に見せられない落書きだらけで、背景選びに苦労したとか。
そうでした。僕もよく覚えています。誠さんがビデオを撮影した80年代の赤レンガ倉庫周辺は、港湾施設としての利用がほぼ終わっていて、すっかり荒廃していました。引き込み線のレールには雑草が生い茂り、壁は赤いレンガのままを探すのが困難なほど落書きで埋め尽くされていた。それがまた非日常的なヤバい風情だったので、クルマやオートバイを撮るのに最適だったんです。いわゆる時効という甘えで明かしますが、許可なしゲリラでよく忍び込みました。覚えのある同業者は決して少なくないはず。
その捨てられた倉庫が、1990年代に入り横浜港一帯の都市再生計画で改修。2002年にリニューアルオープンを果たしました。見事なまでにクリーンな建物となったことはよろこぶべきだったのかもしれません。でも、それなりにかつてのヤバさを知っている身にすると、ちょっと寂しい気もしました。これも時代なんだなあと。
そんなこんなで新たな観光地となった赤レンガには、行きはしてもシンパシーを感じなかったんですね。しかし今回の誠さんライブで、ホールがどこにあるか調べるついでに歴史を探ったら、外観は1910年代の竣工からほとんど変わっていない事実にたどり着きました。見た目も変わったように思ったのだけど、僕の記憶が節穴だらけだったみたい。となれば、明治生まれの曽祖父を見るような心持に改まります。そんな現金な感覚も、揺るぎなき歴史があってこそ。
ひとつのことを長くやり続けるって尊い。40周年を迎えた誠さんにも同じ感動を覚えたという話です。誠さんは曽祖父でも祖父でもなく、素敵な兄さんですが。

今は安心してビール祭りが楽しめる場所。クルマだったから飲めなかったけれど。
