日本では1日後

そうでした。1980年の今日12月8日はジョン・レノンが射殺された日。言うまでもなく世界的な有名人ですが、会ったこともない人の訃報を知ってあんなに驚いたのは人生で初めてでした。この件、ここの過去記事で何度か書きましたが、すでに消えているので改めて触れます。
当時の僕は高校3年生。学校帰りに教習所へ通っていた時期でした。正確な時間は覚えていませんが、午後8時くらいだったかもしれません。乗り換えの私鉄の駅。ホームには発車を待つ始発の電車。ガラガラの車内に乗り込んですぐ、床に落ちていた、たぶん号外の新聞紙が目に入りました。
射殺。殺害。死亡。黒地に白抜き文字の大きな見出しだったのに、その文言がよく思い出せないけれど、とにかくジョン・レノンにとんでもないことが起きた事実だけははっきりと伝わってきました。そしてまた、その瞬間はよく覚えているのにその後のことがまるで記憶にないから、ある種のパニックに陥ったのかもしれません。先にも記したように、直接会った人ではないのに、いくらザ・ビートルズが好きとは言え、あるいは衝撃的な報道だったとしても、声が出そうな口を手で押さえるほどのショックを受けたことに自分自身が動揺したのだろうと思います。打ち殺されるという尋常ではない最期が、18歳になったばかりの僕には受け止めきれなかったのでしょうか。
ふと、あれから何度も迎えた12月8日の中で初めての疑念が巡りました。僕がこの事件を知ったのは12月9日だったんじゃないか? 自称ファンの男にジョンがニューヨークの自宅前で背中を撃たれたのは、1980年12月8日(月)22時50分頃。ニューヨークとの時差は14時間なので、日本では9日(火)12時50分頃となります。そして僕が床に落ちていた新聞紙を発見したのはその約6時間後ですから、9日説は揺るがないことになります。
じゃ、ジョンの命日を12月9日に更新するかというと、そうはなりません。これは、昨日触れた真珠湾攻撃の時差とは種類が違う話です。近いのは、旧暦と新暦で異なる坂本龍馬の命日でしょうか。いや、ファーストインパクトというか擦り込みの力は強いという他はどうでもいい話だな。大事なのは、亡くなった人を悼む気持ちですね。ジョンが望んだ平和な世界になっているかな?

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