昨日の『Santa Fe』は典型的な例ですが、62年も生きていれば古い出来事を知っていて、当時の熱みたいなものも相応に覚えているわけです。ただ、それを若い人たちに無闇に話すことは避けなければなりません。昔はよかったと言いたげな、懐かしジジイと思われたくないから。それに、何かを語り合うなら、かろうじて同じ目線に立てる現在から未来の話がいいです。特に酒の席では。
一方、それとなく見聞きしながら、詳しくないトピックもたくさんあります。僕が頻繁に試されるのは、『SLAM DUNK』。このバスケットボール漫画の金字塔的作品が話題に上がるたび、ほぼ必ずこんなふうに詰問されるのです。「通ってないんですか?」
そうなる原因も常に明らか。何かの流れで、小学生と中学生でバスケットボール部に入っていたと答えてしまうせいです。いやいや、僕が中学生だった1970年代中盤の少年ジャンプに『SLAM DUNK』は掲載されていなかったし、作者の井上雄彦さんに至っては僕より5歳年下らしいし、そりゃ無理だって。
『SLAM DUNK』の人気が最盛期を迎えたのは、1990年代ですよね。この年代の僕は、全精力を傾けられる仕事にようやく巡り合えて、それまでだらだらと眺めていたテレビや漫画に割く時間がもったいないと思うようになりました。対してこの時代に中高生だった世代は、真横からペンキをかけられたみたいに『SLAM DUNK』に染まったんだろうと思います。その影響でバスケを始めた人も多かったんでしょうね。
そんなわけで、そういう熱の記憶を心に留めている現在30~40歳代の人がバスケの話題を持ち出しそうな気配を感じると、僕は存在を消す努力を始める他になくなります。不思議と申し訳ない気持ちに苛まれながら。
今さらですが、映画版の『THE FIRST SLAM DUNK』を観ました。アニメーションの技術が高かったこともあって、僕がかろうじて知っている桜木花道が主役じゃなくても、というより『SLAM DUNK』に詳しくなくてもすごく楽しめた。
もっとも感銘を受けたのは、作品の全盛期から30年が過ぎても新たな映画をつくれるほど、この作品に大きな力があった事実を体感できたことです。そりゃやっぱり、通過しなきゃダメだったんだろうな。とは言え、何でも年若に同調するのは気恥ずかしさもあり、こうして公開から1年遅れの作品を一人静かに噛みしめるのが、年上らしい嗜み方なのかもと思ったりします。

ランニングコースの途中の桜並木。例年より葉が残っているなあと思って。
