今日は坂本龍馬さんの誕生日と命日。ただし、いずれも旧暦。生まれが天保六年。亡くなったのは慶応三年の、奇しくも同じ十一月十五日。西暦に直すと、1836年1月3日と1967年12月10日なので、11月15日を特別な日としたいのは龍馬さん好きだけかもしれません。
龍馬さんの今日的トピックは、歴史の教科書からその名前が消える可能性です。「幕末の偉人を見捨てるなんて許さん」という声はあります。しかし削除を検討する立場には、研究成果による客観的な根拠があるわけです。
時代が進むにつれ新たな文献の発見などがあると、定説が覆ることは少なくありません。有名なところでは、鎌倉幕府の成立年です。僕ら世代は“いいくに=1192”と覚えさせられたのに、いつしか1185年に改められていました。
さておき、終始不真面目ながらも一通り学校のお勉強が済んだ僕にすれば、この話題はどうでもいいことです。薩長同盟のキーパーソンだったとか、大政奉還の原案を考えたとか、それら龍馬さんに関する史実がすべて誤りだったとしても、僕はこの男を好きでいられます。
以下は、あくまで個人の見解です。
200年以上も続いた国の仕組が根本から覆りそうな時代に、坂本龍馬は自分がやりたいことのために政変を急いだ。彼がやりたかったのは、おそらく世界を股にかける海運業。そこに至ったのは、土佐の豪商の分家に生まれたことで自然と身に着いた損得勘定。その商いの感覚は、気運だけで血気盛んになれた幕末の志士では持ち得なかったものとして、龍馬を奇異な存在に育む原動力になった。
やがて日本初の民間貿易会社を興し、剛腕を奮って蒸気船を購入。薩摩や長州など、幕府打倒を目論んだ有力藩を取引相手とする過程で多くの秘密を知ったため、彼を危険人物とした何者かに暗殺されてしまう。明治が始まる1年前に。それは龍馬が犯した、人生最大の計算ミスだった……。
なんて話を空で妄想できるようになったのは、龍馬さんきかっけで幕末に興味を持てたから。何よりも、これほど自由な想像を掻き立ててくれる人物の物語は、教科書に収まるはずがないだろうと。そこは僕らが留飲を下げるところなんですよと、暦違いながら誕生日と命日を迎えた龍馬さんにお伝えしたいです。

隅から隅まで読み込んだ、1983年発行の資料。まだ大事に持ってる。
